読めて、書けて、受かる中学受験専門国語塾。
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文語訳の『旧約聖書』の詩篇46篇10節には「汝等しづまりて我の神たるを知れ」という言葉があります。「われはもろもろの國のうちに崇められ全地にあがめらるべし」と続きます。
静かにならないと神を知ることはできないのです。神のみ前に静まり神との対話である祈りをし、また瞑想するということをしなければ魂に本当の安らぎは来ないのではありますまいか。
そういえば、わたしは最近あまりロックを聴いていません。静寂の愉しさというべきものが段々わかって来たからかも知れません。
今の人は静寂の価値をあまり知らないからか四六時中、誰かと連絡を取っていないと気が済まないみたいですね。どうやら現代人は孤独の持つ甘美な意義を知らないようです。
親しい人と語らうというのは悪いことではないですし、大いに語らうべきであります。しかし自転車に乗りながらスマホを耳に当てるのはどうなのか。歩きながらスマホを弄っている人もいます。
現代人は孤独が怖いのです。仲間が欲しいのです。そうして徒党を組んではスケープゴートを拵(こしら)えて攻撃するのですね。実に非道い話です。良い意味での自分が不在なのです。
独立独歩という言葉が今ではあまり使われなくなったのもむべなるかな、です。古色蒼然とした趣(おもむき)の言葉にさえなっています。
しかし、自分の足で立ち、自分の頭で考える、という姿勢は、どれほど時代が変わっても失われてはならないものです。静寂の中でこそ人は自分自身の声を聴くことができます。
ご承知のように、わたしは生徒諸君に国語を教える仕事をしていますが実は国語の力とは「静まる力」と深く結びついています。
文章を読むとき、 心が騒がしくて落ち着いていなければ内容が入ってきません。 他人の評価やSNSの雑音に心を奪われていては言葉の奥にある意図や感情を受け取れません。
静寂に耐えられるお子さまは読解力が伸びます。 思考が深まります。 自分の頭で考えられるようになります。そして何より他者を攻撃するのではなく自分の内側に豊かさを育てる人間になります。
だからこそ、わたしは子どもたちに「静まる時間」を大切にしてほしいのです。勉強とは知識を詰め込むことのみならず、むしろ静寂の中で自分と向き合う営みでもあるのです。(つづく)

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