ホームレス女子
現代は過去の積み重ねの上にあり、ゆえに現代は過去のどの時代よりも進んでいる、というのが現代人の心のうちを無意識に宰領(さいりょう)している考え方ではありますまいか。
そして誰も彼もが、よく考えもせずに昔を侮蔑しているのではありますまいか。たしかにテクノロジーは、どの時代よりも進んでいる、という事実に目を瞑(つむ)ることはできますまい。
わたしも現代の科学技術の進歩を認めないほど石頭の分からず屋ではありません。事実、かく言うわたしもテクノロジーがもたらした恩恵に浴しています。
けれども、さような進歩主義思想により自惚れている現代人の心のうちは十分満たされているのか、というと、どうやらそうでもないらしい、というのがわたしの見解です。
現代ほど素晴らしい時代はない、と胸を張って告白できるか。わたしは浮かぬ顔をして首を振るだけであります。
先日、YouTubeを視聴していたら若干24歳の女性が、まだ寒さが厳しい早春の時季に一定の住処(すみか)もなく、一日の食事はバナナ一本のみで過ごしていることを知りました。
うら若い女性が公園の冷たく汚い公衆トイレを仮の住処とせざるを得ないこの時代をかつてないほどの素晴らしい時代と強弁することは、まさかできますまい。
果たして本当に現代は昔より優っているのでしょうか。現代は過去のどの時代よりも進んでいるとして誰も彼もが、よく考えもせずに昔を見下しているとしたら、その根拠は何処にあるのでしょうか。
ふつうの可愛らしい女性がホームレスとして東京の寒空の下で、ひもじい思いをしながら彷徨(ほうこう)している現代をはたして過去のどの時代よりも進んでいる時代である、と断じることができるでしょうか。
そうだとしたら同時代を必死に生きているこの同胞にたいしてあまりに酷薄(こくはく)な態度といわなければならないのではありますまいか。 つづく