働くという事(2)
それゆえに、わたしはこの年輩の店員の仕事に対する姿勢は、なおさらに尊いと思うのです。もたもたしていて手つきも怪しいかも知れませんが一生懸命、頑張っている、と思います。
若いのに引きこもっている人に見せたいくらいです。もちろん引きこもっているのには、それなりの理由はあるのでしょう。
仕事をしたくてもできない、という人にはわたしは同情を禁じ得ません。そして、そういう人達のことを悪くいうつもりは寸毫(すんごう)もありません。
しかしながら仕事ができるのにもかかわらず仕事をしたくない、という怠け者には、この年輩のファストフード店の店員の爪の垢を煎じて飲め、くらいのことは申したいところです。
若い店員のなかで孤軍奮闘(こぐんふんとう)している年輩の店員。これは驚嘆(きょうたん)すべき謙虚さです。わたしも見習いたいです。
もしかすると見逃してしまいそうな克己(こっき)。否、克己と述べてしまうと誤るでしょう。勇気という表現こそがふさわしい、と思います。
こういう人をわたしは心より応援したいです。次回、帰省した折にはこの尊敬すべき年輩の店員が元気にコーヒーをわたしに渡してくれることを心から期待します。
年輩の彼にまた逢いたいです。ぜひマクドナルドに嫌気がさして辞めないでほしいです。ぜひ頑張って働いていてほしいです。
名前も知らない要領の悪い年輩の店員。しかしながら、わたしは、くだんの店員にいささかも気分を害されませんでした。
むしろ元気をもらいました。清々(すがすが)しく気持ちよかったです。それは彼の人生に対する誠実さゆえかも知れません。こういう人がいたのです。いてくれたのです。
わたしは少なからず感動していました。人知れず苦労している不器用な年輩の店員の勇気にわたしは心から敬服させられたのでした。 (了)