友情を取り戻せ(2)

親友は都内の風情があり懐かしさを覚える木造モルタルのアパートに住んでいました。

前回の記事で記したバイクでの親友の住まいへの訪問は社会人になって大分、経ってからであり、秋の平日の訪問でした。

わたしは当時、愛知県の実家から国道一号線を使って東京都豊島区にある彼の下宿まで125ccの非力なスクーターに乗って向かいました。

その当時、わたしは若くはなかったのですが壮年でしたので、さような無茶なバイク・ツーリングができたのだと思います。今ではそこまでの元気はありません。

さて、話を戻します。十分温まってから銭湯を辞し、親友の住まいに歩いて戻りました。繰り返しますが銭湯と親友の居はとても近いのです。

親友の住む部屋に通されていざ、議論の始まりです。思えば色々なことを話しました。アイドルグループの巧みな商法、母校の近況、お互いの健康等々。

この他にも話題は尽きませんでしたが印象に残った議論を以下に記します。読んでいただければ判かることですが、わたしたちは軽薄で空疎な議論はしていません。

親友:「NHKの“龍馬伝”は素晴らしいし感動したよ。毎週、日曜日の放映を心待ちにしたものだ」

私:「あの大河ドラマをフィクションと分かった上で愉しむのは僕も否定しないよ。困るのは、あれを本物の歴史だと思い込んでしまうことなのだ」

私:「だいたい今の俳優が坂本龍馬なんていう百年に一度の大人物を演じられるわけがないじゃないか」

親友:「でもね、時代考証はしっかりしていたし何とかいう俳優の演技もなかなかのものだったよ」

私:「フィクションとして割り切って観るのは構わないが、あれは歴史じゃないね。駄目な歴史観が二つある。一つはロマンティックな歴史観で、いわば大衆小説的歴史観。それは信じちゃ駄目だ。もう一つは考古学的歴史観。考古学者は歴史の証拠が欲しいのだ。だから、そこら中を掘り返しているでしょう。これも駄目だね」

私:「僕らは真の歴史を知ろうと努めなければならない。ギボンの『ローマ帝国衰亡史』や僕らの先達が書き記した『吾妻鏡』や『大鏡』など真の歴史書を読むべきだね」

私:「昔の人の美点を知ってこれにならう、という態度こそが大事だと思う。歴史を学ぶ意義はそこにある」

つづく(掲載画像はあくまでイメージです)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

前の記事

友情を取り戻せ