文字づかひ
読み手に対する配慮から漢熟語の混ぜ書きをしばしば目にします。作家の丸谷才一は次のようにその著書に記しています。考えさせられる問題なので丸谷の文章を一部引用します。
なお、引用文は、わたしが適当と思われる箇所で改行していることを断っておきます。仮名遣いは原文が旧仮名遣いなので直さずそのまま引用します。
かういふ形態(引用者註:当用漢字による漢字制限での弊害を指す)の最も滑稽な戯画は、新聞でよく見かける、漢字と平仮名をまぜて漢熟語を書くまぜ書き熟語である。新聞はたとへば、
憂うつな春 私立中高入試スタート
死者83人、負傷者205人の大惨事に がれきからプラ爆弾の残がい
などと書く(引用者註:下線は引用者が引いた)。見出しだけでなく、記事でもかういふ文字づかひをする。(中略)だが、たとへば「残骸」は、この二つの漢字を前提として意識に置くからはじめて概念が成り立つ言葉であり、しかもノコリといふ意味、ムクロといふ意味を漢字がすばやく示してくれるからその概念をとらへることができる仕組になつてゐる。
すなはち、新聞の好んでおこなふ漢語のまぜ書きや平仮名書きは、意味を伝達する力を言葉から大幅に奪ひながらしかもその言葉を使ふ、気休めないし申しわけめいた、官僚的な事務処理と言はなければならない。
出典:丸谷才一著『桜もさよならも日本語』(新潮社刊)
少々、長い引用でしたね。お疲れ様でした。丸谷才一が著した『桜もさよならも日本語』(新潮社刊)から引用いたしました。現在、件の書籍は文庫本になっています。
新聞がなぜ、上記のように混ぜ書きをするかといえば当用漢字による漢字制限のためです。丸谷は、かんかんに怒っています。彼は冷静な筆運びをしていますが、その怒りを看過してはいけません。
けれども、文章を書く時に読み手に配慮したつもりでも却って逆効果になることを分かっていないのは新聞に限りません。ま、これ以上は述べますまい。
わたしも当塾に通う生徒に配慮したつもりになって混ぜ書きをするのは厳に慎もうと考えます。以上の問題は国語の教師の見識が問われる問題だとも思っております。