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わたしは煙草、酒、ギャンブルをしない。時間があれば、ひたすら文字を眼で追いかけている。自虐的に言えば紙とインクの人間なのだ。それゆえ、わたしの暮らしは常識から外れているかも知れない。
なるほど常識を磨くことを蔑(ないがし)ろにしていいはずはない。だが常識的な生き方よりも大切な生き方がある、とわたしは信じている。今回はさような本を読者諸賢にご紹介したい。
斎藤隆介氏が著した『ベロ出しチョンマ』という本がある。大部の本ではない。ささやかな本である。内容をかいつまんで述べるとこうだ。
すなわち、百姓一揆に加担した、というかどでその父親の家族が刑場に引き立てられ見せしめのために処刑される、という単純な話である。
単純な話ではあるが読者諸賢は落涙すること、必至である。まだ年端も行かぬ兄が磔(はりつけ)になりながら同じ幼い妹にベロを出し、おどけた顔をして妹の笑いを誘うのだ。
処刑の時の苦痛、いまわの際(きわ)の恐怖を少しでも和らげようとする兄が妹を思いやるシーンはこの物語の中で白眉(はくび)である。
自らを顧みず幼い妹のために、ひたすら弱い者のために尽力する。それはまさに先に逝った彼の父親の生き方そのものではなかったか。
命乞いなどせず従容(しょうよう)として死につく母、兄、妹の三人の態度は潔く、誇り高く、尊くさえある。実に立派というほかない。
舌を出し、おどけた顔をしたところで妹は救えないし自分も必ず殺される。絶対に助からぬ。この兄はそれを承知のうえで妹に配慮しているのだ。実にいじらしく読み手の涙を誘う。
優しい兄達を処刑するのは、おそらくはえた、ひにんであろう。彼らも哭(な)きながら手を下したに相違あるまい。三人は磔のまま槍で突き刺され絶命する。何ともやりきれない。
この話を読んだ時、むろん涙したが同時にこの時の為政者に対する激しい憤り、憤怒(ふんぬ)の念を抑えることができなかった。
人として、つつましやかに、ささやかに暮らして行きたい、そのためには重税である年貢の取り立てを何とか斟酌(しんしゃく)してもらいたい、そう訴え出ただけなのに…。
(後編へつづく)
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