頭の悪い人こそ勉強して高い学歴を手に入れなければならない理由

高校時代、Z会の東大の過去問を解きましたが歯が立たなかったことを覚えています。

以下の記事で、なぜ頭が悪い人こそ勉強して高い学歴を手に入れなければならないのか、というパラドックス(逆説)を自分の経験を踏まえて包み隠さず記していきたい。

その理由を端的に記すならば、こうである。すなわち、わたしのこれまでの経験に照らしてみると学歴が高いと、世間の人々の自分を見る目にいい意味でバイアスがかかるからだ。

要するに一目置かれるのである。例を挙げよう。あるとき実家の最寄り駅のホームで電車を待っていたら見ず知らずの田舎のおばちゃんたちが声をかけてきた。

話の前後はもう覚えていないが何かの拍子に彼女たちは初対面にもかかわらず何処(どこ)の大学を出ているのか、ということを不躾(ぶしつけ)にも訊いてきた。

わたしが「東京の大学です」と返答したら「東大かね」と揶揄されたので、きちんと「早大です」と韻(いん)を踏んで返答した。おばちゃんたちは黙ってしまい二の句が継げなかった。

以上に挙げた例は自慢話ではない。世間一般の人々は老若男女を問わず、それだけ学歴を気にしていて高い学歴を評価する、という事なのだ。わたしがバイアスがかかると記すゆえんだ。

これまで教育業界以外でもさまざまな仕事をしてきたが、わたしはどちらかというと仕事ができるほうではない。それでも早大卒ということで一目置かれてきた。

学歴は社会に出たときの身を守る鎧(よろい)になり得る。地頭がよい人は自ずと頭角を現し活躍できるだろう。しかし、もともと頭がよくない人は学歴が高くないと辛い。

誤解を恐れずに言えば少々頭が悪くても高学歴だと馬鹿にされずに見てもらえるのだ。反対に学歴がないと自分の有能さを事ある毎に証明する必要があるので大変だと言えるかも知れない。

わたしは自分の頭が悪いことを早い時期から自覚していたので中学校に入ってから猛然と勉強をし始めた。世の中が学歴至上主義であるならば逆にそれをしたたかに利用すればいいのだ。

どうだろう、これで頭が悪い人こそ勉強して高い学歴を手に入れるべき理由が分かったのではないだろうか。高い学歴を手に入れた後それに胡坐をかくことなく努力できたら鬼に金棒だ。

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