「12浪の早大生 38歳の就活~僕に内定をください~」を早大卒の塾経営者が視聴してみて

わたしが受験した時の早稲田は今以上に大人気で「記念受験」という言葉すらあった。

テレビ番組の「12浪の早大生 38歳の就活~僕に内定をください~」をクリスマスイブにYouTubeで視聴した。その感想を同校を卒業した先輩として以下に記していきたい。

「12浪の早大生」という番組のタイトルがまず目を惹いた。「ザ・ノンフィクション」というテレビ番組のタイトルの一部だ。果たして早稲田大学は12浪してまで入学する価値があるのだろうか。

12浪して早稲田に入った石黒さんは10年間、早稲田に在籍したとのこと。12年間、受験勉強をして大学を10年かかって卒業したので合計で22年もの長い間、大学に時間を費やしていることになる。

それなら人が生まれてから大学を卒業するまでに匹敵する時日(じじつ)である。就活していたときの年齢は38歳で、就職した年齢は39歳だ。すると、およそ40歳から働くことになる訳だ。

もちろん働くのに遅すぎるということはない。40歳なら体はまだ言うことを聞くし、これまでの人生で培ってきた智恵もあるだろう。しかし20歳代30歳代を棒に振ったことは、やはり悔やまれるはずだ。

わたしのこれまでの経験からすると20歳代30歳代はとても大事な時期だ。今、振り返ってみると若い頃は大事だと痛感するが、その頃には大事だということが分からないのが難しいところだが。

そもそもそこまで早稲田にこだわる理由が番組ではくわしく放映されてはいなかった。大量の受験票の映像は興味をそそられたが早稲田にこだわる理由をもう少し深掘りしてほしかった。

わたしの大学時代も早稲田にどっぷり浸かっている人間は確かにいた。大学生のとき商学部で長いこと留年していた先輩がいたことを今思い出す。なお一定の年数が過ぎると放校処分になるそうだ。

わたしの友人で早稲田を卒業してからも同校の近くに下宿して独身ライフを愉しんでいる男がいた。東京へ行く際には彼の下宿を訪ねたものだ。実は彼は立命館大学から3浪して入学した変わり種だった。

しかし12浪である。地元にある高校を卒業して東大医学部に10浪して合格した人がいることをたまたま聞いてひどく驚いたことがあるが早稲田に12浪というのはそれと同じくらいの衝撃だ。

わたしが思うに、大学は卒業しておいた方がいいが大学名には、さほどこだわることなく早く社会に出た方がいい。大学時代が愉しいのは理解できるが大学で足踏みするのは後々に悪く響くことになる。

わたしは、たとえ東大医学部でさえ10浪もして入る価値はない、と考える。早稲田もしかり。大学受験には若人が挑戦する訳だが早く決着をつけた方がいい。その先にある就職に早くから注力すべきだ。

番組を視聴していて随分マイペースな生き方だな、と思った。本人は焦ったりしなかったのだろうか。周りからのプレッシャーは感じなかったのだろうか。第一、経済的に裕福でなければできない、と思う。

石黒さんは実家暮らしだった。母親に養ってもらってきた。学生の時はアルバイトで稼いだお金を家に入れていたようだ。母親は内定が決まった時に子供十人分の苦労をさせられたわ、と語っていた。

番組では彼は島根県の某企業に就職して、めでたしめでたし、という終わり方で、この先、島根県で暮らすことになったようだ。思うに若者は早くから親許(おやもと)を離れて自活した方がいい。

読者諸賢よ、早い内からお子さまを自立させるべく手を打った方がいい。そういう意味では経済的に余裕があるならば全寮制の海陽学園に入学させるのも悪くはない方法だと考えられる。

人間は必ず死を迎える。そのタイミングは誰にも分からない。したがって人生で無駄なことをしている閑(ひま)は一時たりともない。お子さまを早く自立させるように早い内から仕向けるべきだ。

読者諸賢よ、本稿を読んだことをきっかけに、お子さまのためにも「38歳の就活」を視聴してみてはいかがであろうか。今ならYouTubeで視聴できるはずだ。

早稲田に12浪して入る執念も生き方のひとつとして否定はしないが、わたしは同校を先に卒業した者として若者には大学名よりも早く社会に出て経験を積むことの方が大切だ、と伝えたい。

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