読めて、書けて、受かる中学受験専門国語塾。
TEL 052-918-2779
営業時間:14:50-22:10
・週初めの月曜日だが疲れを覚えている。パソコンソフトの Wordが壊れてしまっている。壊れた Wordをアンインストールして改めて購入した Wordをインストールしても不具合が出てしまう。仕事にならない。
仕事の大半を Word で行っているので、故障すると途端に仕事のリズムが狂う。この文章もWordで書いているのではなく「メモ帳」に書いたものをコピーして投稿欄に貼り付けているのだ。 Wordを早急に復旧したい。
・東海地区の公立中高一貫校の作文対策を検討している。我が塾は中学受験にこだわりたい。高校受験ではなく、大学受験でもなく、あくまで小学生を対象に国語を教えたい、と考えている。
なぜなら、小学生時代の早い段階ですべての教科の土台たる国語を教えることにこそ、教育の根があると考えているからだ。
・過日、我が塾の机や椅子を新調したので以前の机や椅子が余っている。先般、メルカリに出品していた椅子が売れたので梱包してコンビニ経由で送付した。
我が塾の机や椅子にはこだわりを持っていい物を揃えている。それゆえ新調すると前の机や椅子は不要になる。メルカリに出品しているのはそのためだ。
・先般、国語塾ひなたの北村京子先生が出版した『ことばが未来をひらく』をAmazonで購入して読んだ。著者はわたしと同じように国語塾を営んでいる。ただし、東京にあるオンライン国語塾だ。同じ国語塾の塾長がどのような内容の本を出しているのか、を知りたかった。
実は女史が執筆した本を購入した理由はもう一つあった。それはわたしが刊行した本を改訂するための参考にするためだった。
内容面ではない。大雑把にいえば本のレイアウトやデザイン等々を学ぶためだった。先生の著書は完成度が高く大いに参考になった。
・塾の仕事が好きだ。心に余裕ができる。出勤時間はあってないようなものだ。強いて言えば朝、起きた時から仕事のことを考えて実際に働き始めている。今日もホームページを弄っていた。
一方、寝るまで仕事をしている。それでいて心に余裕がある。要するに自分のペースで働けるのがとても良い。したがって休みは日曜日だけで構わない。
昨年秋からAIと相談しながら塾経営を進めて少しずつ成果が出ていると思う。
ホームページもそれ以前と比べて格段に良くなっている。
個人塾は今後、AIを参謀としないと生き残ることは難しくなる、とAIは予想している。AIは現代の黒船だ。時代はいつまでもぐずぐず鎖国していてはならないフェーズに入った。
・先週の木曜日にバイクツーリングに行って来た。三重県にある阿下喜温泉に行って風呂に入って来た。外は晴れていて風は春風だった。桜はとうに散ってしまっていたが穏やかな好い日だった。
行く途中、コンビニで買い食いをした。外で食べたふわふわの菓子パンが旨かった。久しぶりのツーリングなのでコンビニで用を足すついでに自分に贅沢をすることを許した。
阿下喜温泉に行くのは一年振りだった。昨年は四月の初旬に行っている。今年は四月の中旬だ。昨年のツーリングは少し寒かったが今年はちっとも寒くなかった。上にはライトダウンを着て、下は革パンツだったので寒くなる道理がない。
・わたしは仕事の合間に古典を読む時間を捻出しようと努めている。現在、アウグスティヌスの『告白』を岩波文庫のワイド版で読んでいる。
以前から名著だと聞いていて、いつか読もうと思っていた本である。上下巻を揃えて上巻を読んでいる。できるだけ古典を読んでいきたい。
今やキリスト者でなければ『告白』は読まないだろう。だが、キリスト者でなくてもバイブルは読んでほしい、と思う。
わたしは聖書を読まない人間をどんなに高学歴で知性溢れる人物であろうがインテリとは認めない。何となれば聖書を読んでいないと世界文学が分からない。例えばダンテの『神曲』は聖書を読んでいないとさっぱり分からない。世界の文化が分からない。クリスマスの意味も分からない。
昨今、クリスマスの時季になるとイルミネーションを灯す家々があるが意味もなく飾っているはずだ。あのイルミネーションを飾る、ということにもちゃんと意味があるのだ。
クリスマスにイルミネーションを飾るのは救世主たるキリストを象徴しているのだ。暗い罪の世に光であるキリストが降誕したことを祝う、というのがイルミネーションを飾る本当の意味だ。
我が国の家々は意味が分からないのに立派なイルミネーションを飾っている。わたしはキリスト教についての無知を見せつけられているみたいで暗い気持ちになる。そのくせ宗教について偏見を持っている人々が日本には多い。
以上のことからも聖書を読む、大古典に親しむ、ということの大事さが分かる。キリスト教は世界について必ず広く根源的な見識を与えてくれるはずだ。けれども、ここで予言をしておく。ここまで記してもあなたは必ず聖書を読まないだろう。
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