元彼女の夢を見て

夜半にエアコンの温度が低過ぎてか寒くなったので目が醒めた。薬を服用してからまた眠り、夢を見た。夜の闇で扇風機が静かに回っていた。元彼女の夢だった。わたしは元彼女に恋々とした未練があるわけではない。交際していたのも十年以上も前の話だ。

わたしはなぜか電話で彼女と話していた。彼女も満更でもなさそうに声が弾んでいた。わたしはそれが嬉しかった。何かの記念会で盛大なパーティーをしていたが、わたしは行けなかった。もしかしたら教会の同窓会と関係があったかも知れない。

わたしは電話で彼女の子どもについて話題を振った。彼女は一児の母だった。男の子がいたのだ。交際していた頃、子どもは小学五年生のだった。母子で名古屋へ来たときはリニア・鉄道館にも名古屋市科学館へも一緒に行ったことがある。男の子は愉しめたであろうか。

あれから十年以上経つ。甘えん坊の男の子も大学を卒業して、もう社会人になったのかも知れない。しかし、夢のこととて彼女の返答は記憶していない。そもそも彼女がどういう対応をしたかすら曖昧なのだ。妙な夢だった。

実際は彼女の消息は分からない。こちらから連絡しようと思わないし、あちらからも連絡は来ない。便りの無いのは良い便り、ということなのか。あの街で幸せに暮らしているのだろうか。夢で彼女の父親について尋ねたら「もう死んだわよ」という答えだったが実際のところはどうだろうか。

当時、彼女は子どもに中学受験をさせようと願っていた。けれども彼女はシングルマザーで貧乏だった。それゆえ資金面がネックになっていた。彼女は父親の住む実家で同居しながら仕事に出るもすぐに辞めてしまうのだった。

彼女はわたしと同じ大学の法学部を卒業していたので塾講師や家庭教師でもすれば経済的には助かるのではないかと思っていたし、実際そう助言もした。だが、どういうわけか彼女は頑なに教育業界での仕事を避けていた。

ある時わたしは彼女から中学受験について相談を受けたのだが結論を記せば「挑戦できるものなら挑戦したらいいのではないか」と返答した。

「東京を中心とする関東には皆の垂涎の的である有名私立中学校が綺羅星のごとく存在する。わたしの住む名古屋からでは新幹線を利用しても通えない。それゆえ地の利があるのだから挑戦する価値はある」という主旨のことを言ったと記憶する。

然り、小田急線沿線の駅から遠くない街に住んでいた彼女の子どもは通おうと思えば東京の私立中学校に通えないこともなかった。事実、わたしは大学時代に彼女の住む街から東京の私立大学まで通学していたのだ。様々な問題があったが彼女の息子は中学受験の塾へ通うことになった。同居していた父親に教育費を援助してもらっていたのかも知れない。

わたしのことについてはともかく、あまり個人について踏み込んだことを記すのは控えた方がいいかも知れない。先般、コメントにて、さような主旨の苦言を呈された。自己開示については線引きが実に難しいのだ。

わたしは、かつて自分を分かろうとした人がいたことを記録に留めるべく本稿を書いているのかも知れない。いつかコンサートに一緒に行った際に「良樹さんて、勉強家なのね」と言われたことがある。ジーンズのポケットに文庫本を入れているのを目敏く見つけたのだ。

わたしはその時、この女性は一味違うなと思った。相手の優れたところを見つけて褒めることができるのだな、と感心した覚えがある。婚活パーティーに行ったときの女性たちとは雲泥の差だと思った。

婚活パーティーで女性の好みを「おっとりした女性」と所定の用紙に記したら「わたしはおっとりしていないから」と言われたり、交替で男女が会話していく際に女性がわたしの番を待ってトイレに立ったり、という嫌な経験をして来たのでなおさらだ。

かてて加えて嫌な経験をした婚活パーティーがキリスト者のそれであったことを付け加えなければならないことをわたしは、すこぶる残念に思う。

さはさりながら、わたしこそが正しいとは寸毫も思わない。わたしが五十五歳の現在、結婚できずに独身のままという事実がそれを証明している。わたしは夢から醒めても何とも思わなかった。それよりも昨晩、夢を見る前に問い合わせのメールがあったことの方が嬉しかった。

わたしはこのまま六十代、七十代も独り身のままだろう。それでいいのだ。わたしは孤独死すらも恐れない。願わくはその年齢でも塾講師として働けますように。子どもたちと関われますように。

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