読めて、書けて、受かる中学受験専門国語塾。
TEL 052-918-2779
営業時間:14:50-22:10
わたしは現在、暗誦できる和歌がふたつしかない。
敷島の大和心を人問はば朝日ににほふ山桜花
願わくは花の下にて春死なむそのきさらぎの望月の頃
このたった二首だけ。言うまでもなく本居宣長と西行の和歌である。嗚呼、恥ずかしい。われわれ日本人は先達たちが遺していった和歌を自分の心の栄養として記憶すべきなのだ。わたしのように、たった二首しか覚えていないのならば、お世辞にも教養を持っているとは言えまい。
わたしは和歌をもっと覚えたい。暗誦できるまでに覚えたい。そして味わいたい。かてて加えて塾生にも和歌を覚えてもらいたい。我が塾はただの国語塾ではない。むろん受験対策は抜かりなく行うが今後、教養人になるために和歌を暗誦させるようにしていこうと思う。
考えてみれば、わたしは幼い頃から教会の日曜学校に通い、聖句の暗誦を勧められていた。聖書に記してある言葉をカードにして生徒に配ってさあ覚えよ、というわけだ。けれども少年であったわたしは聖句に書いてある言葉が魅力的には思えなかった。
カードはトランプの札よりも一回り小さかったが正直、覚えるだけの価値が何処にあるのか分からなかった。教師が覚える意義を十二分に説明できていたら結果は違っていただろう。ただ日曜学校の教師は教会員のボランティアであったので無理は言えまい。
当時のわたしは学校での勉強だけで十分だと思っていた。日曜日も朝から教会学校で学ぶのは気が進まなかった。日曜日は休みたかった。今とは違って、わたしが小学生だった頃は土曜日は半日学校へ行き、完全に休めるのは日曜日だけだった。それだけに教会の存在を疎ましく思っていたのではなかったか。けれども今は日曜学校、大賛成である。
昨今、子供たちのみならず大人までトレーディングカードを集めていると聞く。レアなカードになると一枚で数百万円もするという。しかし、トレカに教育的な意味はほとんどない。一方、聖句カードには財産的な価値はないが精神的な価値は多くあると思う。
カードに書いてあった聖句がつまらなく見えたのは口語訳であったからだと思う。だが、そうはいうものの文語訳であったら意味が分からなかったはずである。後から知ったことだが聖書の文語訳は評価されているが口語訳はそうではない。むしろ識者からの評価は芳しくない。
けれども今になって後悔している。聖句をたくさん覚えていたら、どんなにか自分の信仰に役立ったか知れない。わたしの両親や日曜学校の教師の教育に子どもながらも、もう少し理解を示して暗誦していたら魂の財産になっていたはずだ。
ことほどさように小学生の内に短歌をたくさん覚えれば、その教養が将来の自分の心を豊かにするはずだ。聖句カードを覚えなかった後悔は、そのまま和歌暗誦の意義へとつながる。日曜学校で聖句カードに見向きもしなかった自分の愚かさを塾生には経験してほしくない。大人になってから後悔してほしくない。
さはさりながら、我が塾で聖句カードを覚えるようなことはさせない。なぜなら現行憲法の二十条に信教の自由が保障されているからだ。キリスト教を強制することはないので保護者の方は心配されることはない。繰り返す。短歌は覚えてもらうが聖句は覚えなくてもいい。
わたしは、これから和歌を生徒諸君と共に暗誦するまで覚えるつもりだ。然り、今からでも遅くないのだ。日本人として最低限の教養、それが和歌ではあるまいか。さらに言えば日本人なら自国の歴史も熟知する必要がある、と考える。日本史に精通する、ということは疑いもなくいいことだ。そして、和歌は日本史を知る入口になる。
わたしは大学受験のため世界史は熱心に勉強したが日本史はそうではなかった。大学の友人と語ると自分がいかに日本の歴史を知らないかということを痛感させられて恥ずかしかった。わたしはキリスト者として日本史に登場するキリシタンを軸に日本の歴史をもっと勉強したい、と思っている。
岩波文庫から全三巻として出版されている『日本切支丹宗門史』はキリスト教に関係のない人でも涙なしには読めない歴史書だ。同書は当時の為政者に徹底的かつ執拗に迫害されて殺されたキリシタンの克明な記録の書である。漢字は正字で仮名遣いも旧仮名遣いで取っつきにくいが、すこぶる感動を覚える。以下は上巻からの引用である。
幼いペトロは、母の許にゐないで、彼を匿さうとした祖父の許にゐた。捕卒は祖父に請うてペトロの目を覚ました。流石に、父から観念させられてゐたこの感心な子供は、死にに行くのを悦んで起き上つた。(中略)ペトロは、腕に抱かれて刑場に連れて行かれた。血を見てもびくともしなかつた。彼は跪いて首をのべた。三人の×手(引用者註:×の部分が当方の学力では読めない)は、その役を拒んだ。一人朝鮮人の非人が、三撃までやつて漸くとどめをさした。
聡明な児童であったペトロに死が怖くなかったはずはない。けれども、死んだ後に天国へ行ける確信があった。それゆえ自分の短い生涯の最期の時、取り乱さなかった。従容と跪いて首をのべた。
話を戻そう。友人は司馬遼太郎の愛読者だった。司馬遼太郎の本はあくまで小説であり、事実ではない。「司馬史観」という言葉がそれをよく示している。虚構と知って愉しむならわたしは何も言わない。
司馬の小説を読んでいた友人は日本史に通暁していた。わたしはその深い知識に圧倒された。大学で刑法のゼミが終わると夕食を共にして高田馬場近くの下宿に寄らせてもらい夜を徹して天下国家を語り合った。ふたりとも貧乏で未熟ではあったが熱意があった。知識にたいする渇望があった。わたしの青春の一頁として忘れることができない思い出だ。
だが「司馬史観」で貫かれた本を有難がっている友人を見て日本史をもっと勉強をしなければとも思った。友人は竜馬が好きだった。そして、そういうだけの魅力が人柄にあった。さような次第で塾生には日本史も世界史も共によく勉強してほしいと思う。
コメント