我が塾は全力で廃業に抗う

天白区の某塾のホームページにアクセスできなくなっている。わたしは地域の塾のホームページも参照している。廃業したのだろうか。最近、同じ地区ですでにひとつの塾が廃業に追い込まれている。

まだ現時点では正確なことが判っていないから慎重に記してゆく。その塾は何年もブログの記事を更新していなかった。

くだんの塾にも様々な事情があるだろうから軽々に批評できないが長い間更新が止まっていたところに、くだんの塾の姿勢を見る思いがした。

ブログの記事を更新してゆくのは塾にとって、とりわけ当塾のような国語塾にとって、生命線だということを思い知った。

ブログの記事を更新することは簡単ではない。時には書きたくない日もあるし、そもそも書くタネが見つからない時がある。それでも何とか机に向かって書いてゆかなければ塾が停滞していると思われてしまう。さようなことは何としても避けねばならない。

ホームページは作りあげた時から劣化が始まっている。したがって色々と手を加えてゆく必要があるのだ。我が塾のホームページも例外ではない。

今のホームページに至るまで手を加え続けて来た。更新する手間暇を惜しんだら読み手から見限られること必至である。

塾とは外観やスペースではなく、理念であり、意志である。そして意志とは更新し続けることでしか保てない。鮫は泳ぎ続けなければ死ぬ、という。塾も鮫のようなものである。絶えず発信してゆかねばいけない。発信を怠ったら塾は続けられない。

更新といえば我が塾のホームページに授業料を振り込む先の口座情報を記そうとしたらAIから待ったがかかった。営業色が出るし危険でもある、とのこと。何よりも我が塾のカラーにそぐわないということだった。

こういう風にAIと相談して塾を経営してゆくのが今の時代の経営戦略だと思う。コンサルティングもAIに頼めるし、頼まなければ我が塾のような個人塾は生き残れない。

ところで先週の土曜日、授業を終えて日帰りで帰省した。新潟に単身赴任している弟が仕事のついでに実家に来るからだ。

バイクを走らせて実家に向かった。途中で母の日のためのカーネーションを買おうと思ったが結果を記すと買えなかった。母に日曜日に買う旨を伝えたら「わざわざいいよ」と微笑をもって丁寧に断られた。

夕飯を地元のレストランで食べた。父、母、弟とわたしの四人でテーブルを囲んだ。弟が食費を全部負担した。弟はやり手のビジネスマンなのだ。さような会食がいつまでできるのか。父母はもう八十代だ。

会食を終えて弟と久しぶりに銭湯に行った。銭湯からの帰りに自動車で地元の街を走った。風景が流れていく。夜の街は眩しいくらいだった。賑やかだった。世間はまだゴールデンウィークなのだ。

行きつけのラーメン屋に行こうと車を走らせたら、くだんのラーメン屋は廃業していた。今の時代、ラーメン屋も塾もよく考えて工夫していかねば客は来てくれない、ということか。

わたしは五月にもかかわらず胸中にうすら寒いものを感じた。そして我が塾の将来について考えざるを得なかった。

夜の道を実家から平針の住まいまで戻ると時刻は未明だった。疲れていたが横になってもすぐには眠れなかった。弟のお土産の笹団子を食べて床に就いたら不思議と眠ることができた。

笹団子は新潟の名物だ。「名物に旨い物なし」とはよくいわれるが、どうしてどうして笹団子は旨かった。そして何より弟の心配りが嬉しかった。

ゴールデンウィークに体験授業に来てくれた二組の親子からまだ返事が来ない。返事が遅い、とは何を意味するのか。さようなことを考えると暗い気持ちにならざるを得ない。

しかし、そうであってなお、ご家庭に持ち帰ってもらい十分に検討して入塾を決めてほしいとも思った。何となれば納得したうえで塾へ入ってほしいからだ。

生き残りをかけて今日もわたしは、飽きもせずこうして文章を綴っている。ブログの更新は国語塾の肝であることを信じつつ。

最後に、昨日は母の日であった。我が塾へ送迎していただいている殆んどが、お母さまだ。我が子を想い、当塾へ子どもを通わせているのだ。心より御礼申し上げる。お母さまの苦労を労いたい。

そのためには塾生の実力を上げて成績に反映させることだ。そして遂には志望校に合格するようにますます鋭意、指導することだ、とわたしは考える。

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