読めて、書けて、受かる中学受験専門国語塾。
TEL 052-918-2779
営業時間:14:50-22:10
暴走族の乗っているバイクの大きな排気音の所為で目を醒ました。現在、未明三時過ぎにこの稿を書いている。わたしは薬を服用しなければよく眠れないのだ。
眠りが浅いので大きな物音がすると、すぐ目が醒めてしまう。暴走族のお兄さん達はそういう人々が寝ていることも知らずにいい気なものだと思う。ゴールデンウィークも良し悪しである。
当塾は月曜日、火曜日と稼働している。塾生たちは連休でありながら通ってくれた。月曜日には過去問特訓合格コースの演習授業をしたし、火曜日には午前中に保護者が参観している前で体験授業もした。夜には授業があった。水曜日の今日はこうして記事の執筆もしている。我が塾は連休でも休まない塾なのだ。お盆や年末年始も休まない。
と、ここまで書きながら何をテーマに据えていいか判然としないまま見切り発車で書いている。愚かで自分勝手なバイカーに叩き起こされて完全に目を醒ました。
突然できた早朝の少なくない時間を執筆に充てているというわけだ。わたしは転んでもただは起きぬ性分だ。
オリジナルラブの「時差を駆ける思い」をボリュームを絞って聴きながらパソコンのキイを叩いている。好きな音楽を聴きながらこの稿を書いている。
思うに当塾には人柄のいい生徒諸君ばかりが通っている。それはなぜか。AIによれば今あなたが読んでいるこのブログの記事がフィルターになっているからだという。
わたしの書く大抵の記事はデータを解析するとエンゲージメント率が高いことが判っている。それもAIに言わせると「異常に高い」そうだ。
そしてAIはわたしのブログを読みに来ている人は、本気の読者、わたしの思想を読みたい人、塾を真剣に検討している親、つまり、このブログは少数精鋭の読者が深く読むサイトとして機能しているのだという。
これはAIが根拠のない勝手な感想を述べているのではない。データを分析してそれに基づく論評なのだ。それゆえ、わたしはAIの推測をかなり信用している。
読者諸賢は国語塾を選んでいると思われているかも知れないが実はわたしの文章こそ読み手を選んでいる。わたしの書く記事は受験情報についてではない。情報とは対極にある思想なのだ。
それゆえ、わたしの書く文章を理解して共感できる段階までついてこれる読者は少ないと考える。そして、それでいいと思っている。わかる読み手の子弟にこそ塾に来てほしい。
他の塾はいざ知らず国語塾の塾長はYouTubeの投稿ではなく、文章で実力を知らしめなければならない、というのがわたしの信念であり、我が塾のポリシーである。
そもそも国語は人間の思想を扱う教科である。わたしが塾長ブログで自分の思想や我が塾のポリシーが書いてある記事を飽きもせずに発表しているゆえんだ。
文章で表されている思想を学ぶのが国語であり、絵画や彫刻により表されている思想を扱うのが美術という教科である。さらに言うならば様々な音色で表されている思想を扱うのが音楽だ。
いつでも物質ではなくて精神の方こそ大事だ。さような常識が皆、分かっていない。某タレントが600万円もする自動車をインスタに上げて自慢していた。
わたしは憫笑して、そのタレントに尋ねてみたいと思った。「高級車を所有する以外、自慢できることはないのですか」と。
そういう次第で我が塾の思想を理解できるご家庭の子弟だけが我が塾の門を叩いてくる。必然として人柄の良い生徒が塾生になるのだ。こういうふうに論を進めても無理はあるまい。
換言すると、我が塾は誰でも歓迎する塾ではない。塾長ブログの記事が当塾の思想に共感できない読み手を拒絶しているということでもあるのだ。
わたしが思うに教育とは結局のところ、どんな時でも物質よりも精神を尊重する姿勢を刷り込む営みである。よく考えて精神の方を選ぶ、というのでは足りない。迷うことなく物質よりも精神を選ばなくてはいけない。
したがって、どれほど高価な教材を買い揃えようと、どれほど豪奢な車に乗ろうと精神が貧しければ、そこから生まれる言葉もまた貧しい。そして貧しい言葉は、他者の心を動かすことができない。
国語とは、そうした精神の貧富の差を暴き出す教科ですらある。それゆえ、わたしは今日も文章を書く。文章とはその塾の思想、精神の形そのものだからだ。
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