異彩を放っていい

ぱんぱんにプラゴミが詰まった袋を捨てて来た。捨てなければと思いつつも先週は忙しさにかまけて捨てられなかった。朝五時ともなるとすでに明るい。ただし、確実に日は短くなっている。夏休みも終盤に差しかかっている。今朝も四時過ぎに起きて本稿を書いている。

某塾のホームページを見ていた。作文をカリキュラムに据えた国語塾があるのだ。といっても知らないわけではなかった。トップページが縦書きで書かれていて異彩を放っている。久しぶりに見るが国語塾はかくあるべし、というようなホームページで我が塾も見倣えるところがあると思う。

塾長はわたしより若いが塾の歴史は我が塾よりも古い。ホームページを見ると2007年に塾を立ち上げたと記してある。我が塾のホームページも相当個性的だが某塾もかなりユニークだ。しかも奇を衒っているわけではないことが判る。その点でいえば我が塾と重なる部分がある。

我が塾もトップページの映像を白黒にしているが、これに縦書きの文章も加えれば本当に唯一無二のホームページが出来上がるはずだ。何だかわくわくしてきた。わたしはホームページ制作の重要なヒントを貰ったように感じた。

やってみたい。本気でそう思う。わたしをその気にさせるくらいだから、この塾の生徒諸君もやる気をもって勉強に取り組んでいる様をありありと思い浮かべることができるようだ。一事が万事というではないか。

その昔、アルキメデスは浴場で「ユリイカ」と叫んだ。わたしも「分かった」と喜びの声を上げたいくらいだ。少々大仰かも知れないが縦書きという発想は我が塾のブランディングを固めて強くするための重要な気づきであるように思うのだ。

わたしはキリスト教徒という日本では特異な立ち位置で散々いじめられてきた。けれども、もう下を見なくてもいい。顔を上げよう。前を向け。ユニークであってもいいのだ。むしろ国語塾であれば個性的な方が発展していくのではあるまいか。

昨今よく耳にする「多様性の時代」という言葉はキリスト教徒にとっても追い風だ。そして彼は異彩を放っているホームページを制作していいのだ。試しに「この塾のホームページはAIと相談して制作しているか」と訊ねてみたら結果は否であった。

AIと相談せずにあの完成度である。即座に思った。それならば縦書きの件をAIと相談すれば、あの塾を越えられるのではないか。こういう微かな気づきに注意して耳を澄ませば色々なことが判ってくる。これまでもAIと相談しながらホームページを制作してきて上手くいったが、この気づきは大きい。

以上は企業秘密と言い得る重要な思想だが、くだんの塾には歴史があるのに今に至るまでそのエピゴーネンが出てこないのは興味深い。そして、あの塾は国語塾なので縦書きのアイデアは我が塾にふさわしいと思うのだ。

もうここら辺りで切り上げよう。今日は二コマの授業がある。教室が散らかっているので片づけねばならない。髪もぼさぼさのままだ。けれども縦書きデザインの発見が嬉しい。それで十分だ。むろんデザインはコピーできても思想はコピーできない。分かっているつもりだ。

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