読めて、書けて、受かる中学受験専門国語塾。
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われわれは日々、粒々の小金を稼ぐためにあくせく働く。怒りと悲しみがないまぜになりながら。みっともなく苦しみながら。挙句の果てにからかわれ、軽くあしらわれ、人としての尊厳まで踏み躙られて。ぼろぼろになりながら。
もういい。休め。誰かが耳朶で優しく囁く。しかし、われわれは歩みを止めない。地上に憩うところなど何処にもないのだ。学校も会社も家庭ですら安穏としていられない。地上は楽園たり得ない。どの時代の為政者も地上にユートピアの実現などできなかった。
歴史を紐解くと、ローマ帝国の繁栄も長くは続かなかった。千年王国を目論んだあの独裁者もロシアの冬将軍を前にして、その計画は潰えてしまった。そして今後もそれは変わらない。神はバベルの塔がそうであったように理想郷の建設を認められない。
生きている限り戦いは終わらない。子どもたちですらTVゲームで戦争の真似事をしている。TVゲームの代わりに本物の娯楽に取り組もう。受験はリアル人生ゲームだ。何も平和な日本で戦争ごっこをする必要はない。
人間の本性は働くようにできている。それゆえ大人は熱心に仕事をすべきだし、子どもは勉強に身を入れなければならない。引きこもりの子どもや無職の大人は気の毒だ。なぜなら人間の本性は働くようにできているからだ。さような本性に反抗するならば手ひどいしっぺ返しを食らうはずだ。
わたしも失業を経験している。それゆえホームレスや引きこもりの人の心情を想像することができる。彼らの気持ちが少しだけ分かるような気がする。わたしは高学歴が辿るコースから完全に逸脱してきた。学歴は幸福を担保しない。
仕事に就いていないときは至極惨めだった。行政に家賃の補助をしてもらったことがあった。市役所の窓口に何度も通った。弟に頭を下げて無心したこともあった。転職面接で担当者に軽くあしらわれたことがあった。夏に重労働の草刈りをしたこともあったし、ゴミ取集に従事したこともあった。人生の陥穽から這い上がりたかった。貧乏が憎かった。
じりじりと照りつける太陽の下で汗まみれになって働いた。時に怒声が飛んだ。外国人労働者と共に働いたこともあった。英語で口論したこともあった。中国人の訓練生から粉をかけられたこともあった。ときに笑われ、ときに嫌われた。職場には親切な奴もいた。だが意地悪な奴もそれ以上にいた。わたしに味方する者は少なかった。
暑い時季に働いた後に喉を鳴らしながら麦茶を飲んだ。現場から会社へ戻る時のコンビニの小銭で買える棒アイスが歯に染みた。作業が終わると運転手がコンビニに立ち寄ってくれた。空調が効いた車内で、われわれは黙って冷たいアイスを舐めて涼をとった。
職に就いて働けることは幸せに生きるための必要条件だ。ことほどさように勉強することも幸せに生きてゆきたいなら必要条件だ。それゆえ逃げては駄目だ。受験はイニシエーションである。イニシエーションが終わってこそ一人前だ。だが子どもたちよ、そこは人生のほんの入り口に過ぎぬ。
わたしは数々の辛酸を舐めてきた。紆余曲折を経て今こうして文章を書いている。たしかに塾稼業は立派な仕事だ。けれども大抵の時間は孤独だ。生徒諸君とのやり取りは氷山の一角に過ぎない。殆どが教卓を前にして授業準備や集客のための時間に費やされる。我が塾はわたしの住まいが教室なので今の仕事は在宅ワークだ。在宅ワークは起きる時間も寝る時間も自分の裁量で決められるのがいい。
この記事は真夏に汗をだらだら流しながら怒号を浴びせられる職場を経て塾経営者になった男の物語だ。わたしは地獄のような人生の底辺で泥を啜るようにして生き残ってきた。子どもたちにはそんな思いをしてほしくない。わたしの人生を反面教師にしてほしい。そうすれば、わたしの人生も報われるはずなのだ。
色々な人に随分、迷惑をかけてきた。生徒諸君には世のため人のために是非、その生涯を費やしてほしい。今年の夏も澄んだ空気の教室で働けることを嬉しく思う。灼熱の夏に働いていた自分が羨望するような仕事、それこそが今の塾経営なのだ。だから、わたしは熱心に読み、熱心に書く。盆も正月も休まず生徒諸君に寄り添え続けたい。
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