読めて、書けて、受かる中学受験専門国語塾。
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今年の二月に教室の机に向かって小説を書いていた。二月の一日目で東海地区の中学受験は終わるから中学受験の塾は時間に余裕ができるからだ。
むろん塾としては新学期に備えなくてはいけないが同時並行で小説を執筆するくらいのゆとりはできるのである。一年の内で一番、穏やかな気持ちで過ごせる時季かも知れない。
二月の建国記念日に一気呵成に一万字くらい書いたように思う。一万字といえば四百字詰め原稿用紙で換算すると二十五枚だ。ここまで書くのは覚悟が要る。集中力が要る。根性がないと書けない量だ。
けれども、二十五枚程度では文学賞に応募するにはまだまだ足りない量だ。執筆してみて四百字詰め原稿用紙で百枚前後の量まで書かなければ賞には届かないように思われた。
わたしの場合、核となる部分は一気に一日で書き上げた。それが一万字程度の文章だと思う。こつこつと書いて最終的には二万字を遥かに超えた。
核となる一万字に加えて、それなりの量を書いたので文学賞の最低ラインの分量を超えることができた。後はひたすら推敲である。
推敲は嫌になるくらい徹底的にかつ執拗にした。大抵の応募者の推敲の回数に引けを取らないくらいは推敲を重ねたつもりだ。
さはさりながら執拗に推敲したから入選するかというと、さほど文学賞は甘くないようだ。映画にもなった『鉄道員』を執筆した浅田次郎氏は十三歳から応募して作家としてデビューできたのは四十歳だという。
実に二十七年もの間、認められなかったのだ。また宮沢賢治はあれだけの立派な作品を執筆したが生前、ほとんど評価されなかった。
そうであるならば、わたしが初めての小説をどれだけの労力をかけて書いたとしても作家としてすぐにデビューできるかといったらデビューできない可能性の方が著しく高いのだ。
文学賞に入選するのは現代の科挙とも言われる司法試験に受かるより難しいそうだ。なんなら東大に合格することの方が易しいと言い得る。
今の時代は原稿をメールに添付して送信すれば応募は完了する。至極あっけない。一次選考を突破した応募者には二箇月くらいを経て連絡が来るそうだ。ちなみに落選した応募者には連絡は来ないという。
小説の執筆が終わってからは当塾のホームページに不定期に書いている「塾長ブログ」の記事を集めて「本」を編んでいた。この作業は愉快だった。
すでに書いた塾長ブログの記事を取捨選択して編集するだけなので多く文字を書かなければならない文学賞と比べて心に負担がかからないのだ。
ところで作家は命を削って書いている、という言葉は決して大仰ではない。今回、小説を執筆してみて十分に理解できた。もし疑うのなら書いてごらんなさい。五千字も書けば音を上げることを請け合おう。
なお、蛇足ながら今回の記事はwordでは書いていない。いつもならwordで文章を書いて、それをここに貼り付けているのだが、それができないのだ。仕事にも支障が出ている。現在、復旧を急いでいる。
今回は代わりに「メモ帳」に書いた文章をコピーしてここに貼り付けて公開している。文章のリズムがいつもとは違うかも知れないが、ご容赦願いたい。
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