読めて、書けて、受かる中学受験専門国語塾。
TEL 052-918-2779
営業時間:14:50-22:10
昨日、夕飯を食べたのに妙に腹が空いていた。食後のデザートであるアイスを食べても腹に溜まらない。こんなことは滅多にないことだ。そこで冷凍のチキンナゲットを七個も食べた。そして朝四時半に起きて本稿を書いている。昨日は午後の授業がなくなったので日中にホームページのメンテナンスをしていた。
わたしは余所の塾のホームページをしばしば見る。趣味というと大仰だが仕事の参考にしようと実益を兼ねて他塾のホームページを見るのだ。ある国語塾のホームページに以下のように記してあった。誠に羨ましい限りだ。
《いつも沢山のお問い合わせをありがとうございます。お陰様で今年度も全校満席(オンライン教室も含む)となっております。来年度以降の生徒募集に関しましては、〇〇〇生のご兄弟やご紹介をまずは優先させていただき、その後、空きの状況を考慮して現在お待ちくださっている方々にご連絡さしあげる流れとなります。》
一度ならず、こういう言葉を言ってみたい。そうなれるように努力している。ある塾が記していた。国語塾は副業に最適です、仕事の片手間にできますよ、と。これは実際に国語塾を立ち上げたわたしの経験とは合致しない。国語塾の運営は楽でも簡単でもない。
我が塾は開業してから三回目の夏を迎えているが、ようやく損益分岐点を超えられるようになった。ともかく子どもが塾に来てくれない。生徒を集めてお金を取ることがそもそもできない。さらに生徒が来ても合格実績がなければ事業を継続できないのだ。わたしが国語塾の運営は楽でも簡単でもない、というゆえんである。
それはともかく、冒頭に記した塾は校舎を何校も展開していて塾長は本も出版している。KDP出版だろうか。あるいは商業出版だろうか。ホームページを閲覧しているとワンオペの塾ではないことが判る。そしてマンツーマンの指導でもない。
我が塾は平針に一校だけだ。しかも賃貸マンションの一室を教室としている。賃貸物件なのでいつまで住めるか分からない。かてて加えて教室が狭いので必然的にマンツーマン指導という指導形態に限られてしまう。我が塾の悲願は住居とは別に教室を借りることだ。
複数校舎を借りて事業を発展、展開することは考えていない。一人では無理だ。さりとて一緒に協力してくれる人物はいなさそうだ。仮に協力者が現れても、わたしの狷介な性格からして上手くいかないかも知れない。
わたしが、もう少し若ければ複数校舎を展開して事業を拡大する可能性もあった。けれども年齢というのは残酷だ。四階の教室から降りてコピー機が置いてあるドラッグストアへ歩いて行くのが辛い。それゆえコピー機そのものを買いたいが、とても高価だ。
バイクを買う代わりにコピー機そのものを買うか。今の時季、バイクに乗りたい強い気持ちがある。最近ある中古バイクを購入すべく店に問い合わせをしている。しかし、そもそも四階まで搬入できるだろうか。仮に搬入できても壊れて処分する際、とても面倒なことになりはすまいか。
そういうことをあれこれ考えていると窓から強い朝陽が射し込んで来ているのに気づいた。今日も暑くなりそうだ。わたしはまだ塾について考える。我が塾は中学受験の国語塾だ。生徒諸君は小学生だ。若い生徒諸君と接するだけでも悪い気はしない。一緒に勉強することは深い満足を与えてくれる。
先般、塾を卒業した生徒から心のこもった暑中見舞いの手紙を受け取った。これは当ブログですでに記事にしている。葉書ではなくて便箋三枚が半分に折り畳まれて封筒に入っていた。塾を経営していると、こういう喜びもあるのだ。それゆえ、わたしは今の仕事を続けたい。その一心でこの記事も執筆している。
わたしは日差しをまともに浴びながら卵かけご飯を咀嚼していた。そして思い出していた。昔、初めて塾講師として働いていた家族経営の個人塾の塾長が教室にいる生徒諸君を見つめて、わたしにこう言った。
「この子たちのためなら、わたしは死ねる」。若い頃に聞いた大胆な言葉だが髪に白いものが混じる今になっても覚えている。
わたしにそこまでの覚悟があるかどうかは分からない。ただ、今になってその言葉の含みが判るような気がするのだ。子どもたちは、おそらくそういう教師の愛情を気にも留めていないだろう。そして、やがて大抵の子どもたちは塾のことなど忘れていくだろう。
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