オーライ、オーライ

午前の授業が終わって疲れたので昼休みも兼ねてバックヤードのような寝室の煎餅布団で休んでいた。不意に遠くから「オーライ、オーライ」という肉声が聞こえて来た。その声は男の声で若くはなかった。わたしとは裏腹にこの時間に働いている人がいるのだ。たぶん工事関係者だろう。

何遍わたしは「オーライ、オーライ」と声を張り上げたことだろう。千遍ではきかないだろう。夏の暑い日も冬の寒い日も声を張り上げて来た。わたしはその声が懐かしくさえ思えた。かつてわたしも肉体労働に従事していた。わたしは「ゴミ収集」の作業員だった。

トラックがバックする際に周囲をよく見て安全のために「オーライ、オーライ」と誘導した。最初は「水上、聞こえねえぞ」「しっかり声え出せ」「お嬢さん藝じゃねえぞ」と年下の怖い先輩から怒鳴られて作業を覚えていった。慣れないながらも大声で必死に誘導した。

それでも「馬鹿野郎、もう少しでぶつかるところだったぞ、何見てんだあ」という場面があった。わたしは年下の若いあんちゃんに敬語を使い、ひたすら頭を下げた。そして先輩の言うことを一言一句細大漏らさずメモしていった。

あの頃のことをエアコンの効いた教室で音楽を聴きながら思うのも悪くない。炎天下で激しく動いた経験がなければ室内で汗も流さずに仕事ができる良さが本当には分からないはずだ。

「ゴミ収集」の仕事から離れて四回目の夏を迎えている。収集を終えて会社に帰るトラックのキャビンで棒アイスを齧っていたあの夏。黙って棒アイスを齧っているときは敵味方の区別はなかった。棒アイスを奢ってもらったこともあった。奇妙な連帯感が生まれていた。

狭いキャビンでいがみ合うのは辛い。わたしはベテラントラックの運転手より年上だった。わたしが人格者であったら丸く収まるものが、そうはならなかった。そのくせ意地の悪い言動には敏感だった。

けれども、新人の頃は忍耐しないで他の作業員に盾を突くと職場にいられなくなる。さような年相応の計算はあった。わたしは「ゴミ収集」業界には珍しい高学歴の作業員であった。しかも、それをあえて隠していたが、なぜか職場の皆は知っているようだった。そうであってなお、一目置かれるというのでもなかった。

「ゴミ収集」は最初の夏が鬼門である。弱い者はここで音を上げる。わたしも会社へ戻ってから待機の時間を省いて、すぐ帰らせてもらうつもりで、それを作業の相方に話した。すると「皆、条件は同じだぞ。皆、辛いと思っている」と言われて二の句が継げなかった。

それでも、わたしは苦言を呈した相方を疎ましく思わなかった。不快にも思わなかった。彼も炎天下で激しく体を動かしていた。そして愚痴ひとつ言わない。筋がとおっている。後から判ったことだが彼は若かったがベテラン作業員で会社のうるさ型だった。まさに盲、蛇に怖じずだった。
           
季節には春夏秋冬しかないが少なくともわたしには五つ目の季節があった。それは地獄の季節だった。暦にはない。巷間の人にとっては存在しない季節だ。

「オーライ」――すべて大丈夫だ、という意味なのだろう。その言葉を信じて運転手はトラックを動かした。今、わたしは「オーライ、オーライ」と心の中で唱えながら、生徒諸君を誘導している。

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