読めて、書けて、受かる中学受験専門国語塾。
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五年前だったと思う。夏の宵、わたしは東京都の町田市にあるレストランで夕飯を食べていた。対面には教会の後輩が座って同じように箸を動かしていた。店内は食事時とあって客は少なくはなかった。活気があった。レストランから外を見ると闇のなか光が際立っていた。後輩はまだもぐもぐしていた。まだ夜はこれからだ。
さはさりながら、今晩泊まる場所をまだ見つけていなかった。わたしは後輩にアパートに泊めてほしい、と頼んだが交渉は難航した。そうか、それならば君のアパートを見せてくれ、と頼んだ。見るだけなら、と後輩は譲歩した。
それなら、とわたしは料理を奢った。実は端から奢るつもりだった。都会の空気を吸い込んでわたしの気持ちは少し昂ぶっていた。大学時代を過ごした場所に来ていたからだろうか。
バスに乗った。バスから見える風景は暗く、異国のようだった。駅から何処をどういうふうに走ったか知れない。あるバス停で降りた。そこから歩く。坂を上る途中にそのアパートはあった。二階の角部屋に彼は住んでいた。
ふたりとも疲れていた。部屋に行ってなし崩し的に泊まらせてくれる流れになった。タクは職場での話をした。そして将来の話も。饒舌だった。
ひとつ、気になることを耳にしていた。それはタクにとって触れられたくない事実であった。彼は酒に溺れていたのだ。タクには妻がいなかった。すでに父は亡くなり、姉は嫁いでいた。煙草をスパスパ吸っていた。
外は蒸し暑かったが部屋は涼しかった。涼しさが身に染みた。話していると夜は深まり、とうとう泊まることになった。わたしはシャツと短パンになって布団で眠りに落ちていった。
朝早く物音がする。タクは先に起きて部屋を往復しているのだ。わたしは疲れていて眠りを邪魔されたくなかった。部屋も絶妙な温度だ。頭をタオルケットに潜り込ませる。勘弁してくれ。そんな思いとは裏腹にタクは行ったり来たりを繰り返す。それにしても――半分眠りながら思う。何をやっているんだ?
わたしはタクにそれを訊いてはいけない気がした。だから自分で推理するしかなかった。ハッとした。もしかして酒瓶を片づけているのではないか。けれども、わたしは自分の推理を飲み込んだ。何も言わなかった。腹が空いたので教えてもらった近くのコンビニに朝飯を買いに出かけた。
部屋へ戻って助六を一緒に食べた。それにしてもエアコンが効いている。日曜日の朝だ。教会に行きたかった。それでも見ず知らずの人たちの輪の中へ飛び込むより、よく知った後輩と部屋でああでもない、こうでもない、とお喋りをしている時間の方が心地よかった。いつまでも愚図愚図していたかった。
タクが昵懇の教会へ連れて行ってくれた。汗を拭きながら駅の改札を出た。少しも歩かないうちに教会に着いた。ビル一棟がそのまま教会だった。都会の教会だった。ことごとく洗練されていたが説教は洗練を越えて漂白されていた。
礼拝を終えて食堂でパスタを注文した。おばちゃんが尋ねてきた。「あんたたち、兄弟かね」わたしは苦笑したまま何も言わなかった。その間にもタクに話しかけてくる人が引きも切らない。わたしはパスタを食べた後、時間を持て余した。外で待っているとタクに告げて教会を出た。
外はカンカン照りだった。道路から湯気が立ちのぼっていた。駅のコンコースを歩いていると金券ショップがあった。「よっちゃん、あそこで買えば助かるんじゃない」とタクが指さした。新幹線のチケットを安く手に入れた。新幹線に乗って名古屋へ戻った。
当時わたしは無職だった。だが、お金がなかったわけではなかった。食事を奢っただけ――それが悔やまれる。
あの夏以来タクからの音沙汰はない。風の噂でタクが引っ越したことを知った。真偽のほどは定かではない。
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