じゃらじゃらした鍵

最近わたしは執筆ジャンキーである。記事を書き上げるまでは大変だが書き上げてしまえば推敲が愉しい。推敲は執拗かつ徹底して行う。昨日の授業で一週間の仕事も終わった。今日はゆっくりとしたい。ひとつ、昔話でもしてみよう。

重い扉を開けた。閉めた時に鍵をかける。職員は皆、鍵を持っていた。そして出入りの度に注意深く施錠をするのだ。出口はひとつだけだった。外に出るためにはまず出口を知る必要があった。その上で施錠してある扉を解除しなければならない。蟻の這い出る隙もなかった。

新入りの老女が混乱していた。出口の場所を聞いていた。近くの白い服の人々に聞いて回ったが誰も取り合ってくれない。よくある通過儀礼だった。彼女は縋るような目つきで、わたしに出口を訊いてきた。わたしは困惑して答えをはぐらかした。それは嘘を吐くより罪深いことではなかったか。老女の目はもう虚ろだった。わたしはそれを正視できなかった。なんぼなんでも……。

その場所は暗い場所ではなかった。むしろ明るく清潔で塵ひとつ落ちていなかった。だが、時々呻き声が聞こえて来た。白い服の人々はてきぱき動いていた。わたしは耳を塞いだ。早く家に帰りたかった。

食事の時間になった。部屋から三々五々と老人たちが集まって来た。白い服の人々は銘々が集まって来た皆の給仕をしていた。ひとりの老女は駄々をこねていた。

わたしは「食べないと死んでしまうよ」と食堂へ促したが老女は「死んだ方がましだ」と喚いた。わたしは秘かに規約違反をした。彼女の言葉を胸中で首肯したのだ。若い白い服の男性がどうにか宥めて彼女は食堂へ足を運んだ。

わたしも白い服を着ていた。それどころか白い服の人々の助手だった。ありていに言えば、いいなりだった。

トイレの洗面台にうんこが載っていた。白い服の人が顎をしゃくる。助手は片づけるが耐えられずに落伍していく人もいる。ある時は部屋の床にうんこが置いてあった。

数週間が経過した。わたしはうんこを片づける作業を厭わなくなっていた。むしろ便器を磨いたり、うんこの処理をしていた方が気楽だった。白い服の人々とは距離を置きたかった。汚れ仕事を独りで行っていた方が余計な気を遣わずに済んだ。

白い服の人々は老人たちの一挙手一投足に目を光らせていた。反抗する者は独居房で過ごさねばならない。独居房には鉄格子があり、剥き出しの便器があるだけだった。

週に数回あった入浴介助が憂鬱だった。白い服の人々もその助手も総出で介助したものだ。汗がだらだら流れる。脱衣所で男女の別を問わず老人の服を脱がせたり着させたりしていた。腕の感覚が次第に麻痺する。延々と介助は続いた。ひとりの助手が目を付けられた。小太りの中年女性だった。

彼女は脱衣場で手を抜いた。わずかに楽をした。無理からぬことだった。白い服の人々はしばらく泳がせていたような節があった。そして、彼女を執拗に糾弾し始めたのだ。そのやり口は手緩いものではなかった。わたしは同期の彼女と共に働いていたので彼女が気の毒だった。

ある時、昼食の前に彼女と調理場へ行くことになっていた。エレベーターに配膳のワゴンを入れようとしたとき白い服の人々の一人が彼女ひとりで行くように指示を変えた。女性一人では無理だ。そう言おうとした。だが、わたしはその言葉を飲み下してしまった。そのあと彼女がどうなったか思い出せない。

彼女が窮地に陥っているとき、わたしは彼女の車に呼ばれた。車内には煙草の煙が充満していた。むせかえる程だった。そこで彼女は愚痴も泣き言も言わず、ただ煙草を吸っていたように思う。同じく窮地に陥っていたわたしとどうでもいいお喋りをした。奇妙な連帯感が生まれていた。そのお喋りを最後に彼女は職を辞した。

彼女の前職が湯灌の仕事だったことは鮮明に覚えている。やがて、わたしも白い服の人々とは袂を分かった。

じゃらじゃらした鍵はきっちり責任者に返した。清々した。責任者は「何処か改善点はないか」と尋ねてきた。わたしはあえて「改善点はない」と返答した。その場所にはモダンなビルディングが建てられ湯灌師の彼女もわたしも支配者も支配下にある人々も今はいない。

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