あなたの宝物は学歴であってはならない

今朝は4時40分に目が醒めた。トイレを済ませてすぐに机に向かった。パソコンの電源を入れて起動させる。この間、コーヒーなど飲まない。AIにデータの分析をさせる。そして塾の今後について相談する。今週も仕事が始まった。

昔、父が教会を牧会していた時に早天祈祷会を行っていた。朝の早い時間に集まって祈るのだ。これを毎日、欠かさず行っていた。

そこに集まっていた教会員は今は召天されている。彼らは教会のために祈った。家族のために祈った。そして自分のために祈った。

早天祈禱会に欠かさず出席していた教会員のひとりは普段は要領の得ない話し方をする口下手な人だった。けれども教会の礼拝での祈りは能弁だった。神によく祈っていることが判る祈りだった。

ここに彼の所有していた信仰書がある。ページ内に鉛筆で書き込みが幾つもある。こんなふうに読んでくれているのか、と書き手が感心する程だと思う。わたしの文章も彼のような読み手がいてくれたら嬉しい。

彼は学歴はなかったが真摯な信仰者だった。不器用で誤解されやすい人だったが、その信仰は本物だった。彼の父は自殺したのだった。わたしが思うに、その衝撃が彼には一生涯忘れられなかったのだ。

仕事で遠くに行く際には必ず妻に弁当を拵えるように言っていたそうだ。生活上の戦いがあった。経済的に余裕はなかった。しかし家族があった。職場の同僚をよく教会へ連れて来ていた。伝道熱心だった。

透析患者だった彼は透析中に神の許に召されていった、と聞いた。わたしは彼の朴訥で真面目な生きる姿勢に今でも感銘を受けている。彼は物怖じしなかった。人を恐れなかった。神を畏れていたから。

父が牧師を引退してふたりの若い牧師が次々に赴任した。彼らは両者ともに早天祈祷会を行わなくなった。朝早く起きて祈るほどの熱情がないのである。

わたしは早天祈禱会の件で一事が万事だと悟った。わたしの朝は「祈祷会の継承」であり「塾経営の祈り」でもある。

わたしは人を判断するときにその人の能力も無視はしないが、やる気があるか否かをまず見る。生徒諸君を判断するときに熱意があるかで判断する。能力は後から伸びる。熱意のある生徒は必ず伸びる。

いやしくも人を導く立場にある教師ならば熱意溢れる人物でなければ教える資格はないとさえ考えている。

わたしは早天祈禱会ではなく早朝自習会をホームページで告知しているが誰も予約を入れて来ない。受験について本気になれる生徒はなかなかいない。

志望校に合格することは簡単なことではない。受験は甘くない。それゆえ努力が必要なのだ。人と同じ努力では足りないのだ。朝の時間も使う者が勝つのだ。

わたしも塾経営をするに際して努力を重ねている。生徒諸君、競争だ。わたしは塾経営が上手くいくように努める。だから諸君も一生懸命勉強してほしい。

諸君の努力が結実した暁には諸君が嬉しいし、家族も喜ぶ、塾も実績として謳える。三方、丸く収まるのだ。生徒、家族、塾、この三者が同時に幸せになるのだ。上手くいくか否かは諸君の双肩にかかっているのだ。

この稿を書いている際にニュースが飛び込んできた。以下にヤフーニュースの概要を記す。容疑者の実名はあえて記していない。

大阪市浪速区の容疑者(35)は、「個別教室のトライ天王寺駅前校」の講師だった去年9月、教え子の男子生徒(18)の名前を騙り、英検を受験し、11月に生徒が近畿大学の公募推薦に出願する際、その英検スコアを入試に利用し、試験を一部、替え玉受験したなどの疑いが持たれています。

捜査関係者によりますと、容疑者は自身と生徒の顔を合成した写真を願書に使用していたといい、生徒は近畿大学に合格しましたが、事態が発覚し、入学取消しになったということです。

目的のためには手段を選ばない卑怯で悪辣な行為だと思う。地道に努力をするから色々と鍛えられるのだ。コツコツとした努力が実って合格するから努力に価値があるのではないか。教師も教師なら生徒も生徒だ。両者ともに卑しい。

読者諸賢よ、彼らはちっぽけな学歴を手に入れるために人としての大切な宝を手放した。学歴なぞ何でもない。いや、学歴が正直な生き方をするときの邪魔になることすらある。

我が塾では努力することや最後まで諦めない姿勢を宝物として手に入れてほしいと考えている。その上で志望校に合格できれば言うことなしである。

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