読めて、書けて、受かる中学受験専門国語塾。
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営業時間:14:50-22:10
突然の夕立に洗われた光る道路をサンダル履きでコピー機のある店舗へ向かう。生徒の小テストをコピーするためだ。ついでに箱入りのアイスも二個購入した。日曜日なのに、夏休みなのに、店は閑散としていた。握り飯の代わりに葡萄パンを買い物かごに入れた。パンの袋には「レーズンブレッド」と記されていた。
教室に戻り、わたしは考えていた。先般の体験授業の冒頭で中学生に「人生の逆算」という話をした。高校受験を目の前にしている中学生にとって高校合格だけを見るのではなく、先にある大学、就職、さらにその先まで考えて進路を選ぶべきだ、と語った。
わたし自身、若い頃には大学受験のことしか考えず、その先を十分に考えなかった。大学に入学して講義を聞いていると突然息苦しくなって講堂の外へ出る。肩で息をしてしばらく嵐が過ぎ去るまで待つ。そういうことが何回かあった。外は真っ暗だった。
わたしは大学を卒業しても就職はしなかった。ゼミの先輩のひとりは裁判所に勤めつつ大学へ通っていた。同級生のひとりは劇団四季に内定を貰っていた。わたしは実家に戻って数年間、アルバイトをしていた。教会で「都落ち」と陰口も言われた。母はよく「公務員試験を受けてみたら」と水を向けてくれたが馬耳東風であった。
七年間、地元の倉庫で肉体労働に従事した。若い一番いい時代をあたらアルバイト作業員として過ごした。母の言うとおり公務員試験を受けていたら、そして合格していれば我が塾も、この文章もなかったはずだ。
月に一回あるかないか、冷凍の魚が一杯に詰まった袋を数百個も冷蔵庫へ搬入する作業があった。作業の相方は力を加減していた。その分わたしに負担がかかった。外から見ても判らなかったはずだ。文句も言えたが相方は年輩者だから力を抜くのも仕方ない。ただ、そうであるならば、もう少しこちらへの感謝があってもいいはずだ。
トラックはわれわれが出勤する前から到着している。朝、われわれが行くと運転手は目を覚まして起き上がり、作業が始まる。運転手が車両から魚の袋をパレットに載せて、社長はリフトで、そいつを台車に載せる。台車をわたしと年輩の相方のふたりがかりで倉庫に運ぶのだ。汗がすぐ冷える。そう思ったらまた汗が吹き出してくる。延々とそれを繰り返す。冷たい汗が額から滴り落ちていた。
魚の搬入作業は前もって日程が知らされていた。わたしはアルバイトの身分だったから休むと言えばそれがとおった。だが、わたしは休まなかった。魚の搬入の日は一回たりとも休まなかった。休むことを自分が自分に許さなかった。わたしは何だか大きいものに背中を押されていた。
トラックが空になって運転手が帰ると心底ホッとした。冷凍魚の搬入はいつも昼まで続いた。昼休みは教会の牧師館で冷凍ピラフをレンジで温めてガツガツと全部平らげた。容量は500gだったか。食べ終わると離れにある自分の部屋で午睡していた。いつまでも眠っていたかった。わたしは枕に頬ずりした。
自転車のペダルを漕いで戻り、冷凍倉庫の待合で時間が過ぎるのを待つ。嵐の後は大抵凪になる。散発的に作業はあったが午後五時までずっとラジオを聴いているだけでよかった。疲れてウトウトと涎を垂らしながら夢の国を彷徨っている時もあった。今は昔の話で往時の会社はもうない。牧師館もない。
話を戻す。体験授業である。生徒には実際に高校入試問題を一問解いてもらった。予想以上に健闘していた。本人も気づいていたのではないか。何せ選択問題はすべて正解だったのだ。記述問題も筋の良い文面だった。わたしは同席した保護者にも早口でそれを伝えた。
体験授業を終えて、わたしは自分に言い聞かせた。この子が入塾するかどうかは、わたしが決めることではない。この塾がこの子にとって本当に良い場所なのかを考えて親子で決めればいい。そう思いながらも手ごたえを感じていた。
もし入塾しなかったとしても、あの時間にこの子の人生に残る話ができたなら十分に意味がある。「ありがとうございました」という生徒の声にわたしは「どういたしまして」と返していた。教室にはわたし独りが残された。「うん、悪くない」とわたしは目を閉じて独りごちた。
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