ポジティブ思考という現代の呪縛

現代は明暗で言えば「明」に注目することが重要であるという考え方が支配的だ。誰もがポジティブ思考は大切だと主張し、怪しむ者はいない。世のビジネス書の多くもポジティブ・シンキングの功徳を説く。

しかし、そもそもポジティブ・シンキングが、なぜさように大事な考え方か、われわれは少しも反省しようとしない。文語訳旧約聖書の「伝道之書」の七章三節、四節を以下に引用したい。

《悲哀(かなしみ)は嬉笑(わらひ)に愈(まさ)る其(そ)は面(かほ)に憂色(うれひ)を帯ぶるなれば心も善(よき)にむかへばなり 賢き者の心は哀傷(かなしみ)の家にあり愚かなる者の心は喜楽(たのしみ)の家にあり》

出典:文語訳旧約聖書「伝道之書」七章三節、四節

ここには少しも現代流のポジティブ・シンキングを見つけることはできない。むしろ人生の悲哀を認めている。そして嬉笑に優るとまで記している。ここに大古典たる聖書の智恵を見る。わたしの経験からすると人生には凪の時は少ない。曇りの日々ばかりである。

曇りの日々が続くのが当たり前なのだ。聖書はその覚悟をせよ、と戒めているかのようだ。われわれは人生を愉しもうと欲する。けれども、どうやらそれは間違った考え方であるようだ。

われわれは先ず人生を正しく生きるように心がけるべきであって、愉しみは優先順位からいえば次に据えねばならない。現代人は愉しむことを人生の主目的にしてしまった。しかし愉しみは主目的ではなく、正しく生きた結果として副次的に訪れるものだ。

皆、人生を愉しもうと躍起になっている。そうしてディズニーランドへ行ったり、ユニバーサルスタジオへ行ったりする。娯楽を経済に変換する商業施設の欺瞞性に皆、してやられている。

そこに行けば愉しめるのは確かであろう。悪いことをしているわけでもない。けれども、さような享楽をするくらいなら日常における生活を工夫すべきではないか。学校生活や会社での仕事をより愉しいものとする工夫の方が肝要ではあるまいか。ちなみに、わたしはそれらの商業施設には一回も足を踏み入れたことはない。

《娯楽といふ観念は恐らく近代的な観念である。それは機械技術の時代の産物であり、この時代のあらゆる特徴を具へてゐる。娯楽といふものは生活を楽しむことを知らなくなつた人間がその代りに考へ出したものである。それは幸福に対する近代的な代用品である。幸福についてほんとに考へることを知らない近代人は娯楽について考へる。》三木清『人生論ノート』より

人生を愉しもうとする生き方とポジティブ思考は相性がいいようだ。しかし、人生の一番深刻な問題や課題はポジティブ・シンキングでは乗り越えられない。生老病死がそれである。ポジティブ思考では死を乗り越えることは不可能だ。

果たしてポジティブ・シンキングで老いの進行を止めることができるであろうか。病を治すことはできるのであろうか。そして人間の究極的で一番の問題たる死の恐怖を解決することはできるのであろうか。答えは言うまでもない。これらはポジティブ・シンキングの射程外にある領域だ。

ポジティブ思考と親和性の高い姿勢に、いわゆるアンチエイジングという時代の潮流がある。今、若くて綺麗な女優の容色もいずれ衰える日が来る。ちやほやされるのも人生の長いスパンで見れば、ほんの一瞬だ。若い頃、ちやほやされてきた女優は恐らく終生その味が忘れられないのであろう。

アンチエイジングは何も女性の美容だけに限られない。昨今の思想的潮流にすらなっているのではないか。皆、死から目を背ける。考えたくないのだ。死の問題については語り方を間違えるとAIですら論評を拒絶する。わたしは空疎な観念論を述べていない。経験を語っているのだ。

けれども、老いを否定することは死を否定することであり、死を否定することは人間の有限性を否定することだ。人間の有限性を否定するまで自惚れた時代が現代だ。科学技術の発展によりやがて不老不死に至るとまで思い上がった現代だが死はそれをせせら笑う。

この問題を考えるとき、わたしは現代の知の巨人だった思想家の西部邁の入水した最期を想起する。あまりにも悲惨な最期だった。彼は自分で自分を容赦なく裁いたのだ。死の問題は思想の深さを試す最後の試金石である。だが、教養だけでは死を乗り越えるに足りない。

父がかつてその兄に人生の最後の問題について語っていたら制止されたらしい。父は伯父に伝道しただけだった。しかし、われわれは死を語る者を不吉であり縁起でもない、として排除する。それは死を恐れているからであり、死を直視する勇気がないからだ。

われわれは、もうポジティブ・シンキングを止めてもいい。むしろ人間に課せられた生老病死を受け入れる考え方にシフトしていくべきだ。

人生の暗部を見つめることは悲観主義ではない。むしろ成熟したリアリズムである。人間の有限性を受け入れる者だけが人生を深く生きることができる。読者諸賢よ、人生の暗部を見つめつつ、曇りの多い人生の旅路を今日もまた一歩進めていこうではないか。

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