読めて、書けて、受かる中学受験専門国語塾。
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時々思うことがある。東京でチャレンジしてみたい、と。ご承知のように東京は中学受験が非常に盛んだ。熾烈を極めている。そこで中学受験の国語塾としてどこまでやれるか。そんなことを思っていたが、それは東京の中学受験に対する無知によるものだと判った。
カール・ブッセの詩にあるとおりだ。以下に引用する。ちなみに訳者は上田敏である。
山のあなたの 空遠く 「幸」住むと 人のいふ 噫われひとと 尋めゆきて 涙さしぐみ かへりきぬ 山のあなたに なほ遠く 「幸」住むと 人のいふ
東京に憧れるのではなく名古屋で中学受験の国語専門塾として経営できている幸福を噛みしめるべきなのだ。東京は競争社会だ。今わたしが書いているこういう記事も名古屋ではともかく東京で書いたら反応はもっと薄いだろう。読み手は受験テクニックについて書いてある記事を求めるかも知れない。
東京は生活していくだけで疲れてしまうほどの社会だ。中学受験塾を経営していく場合、心身をすり減らすほどだという。そして保護者の要求に応えられない塾や実績を出せない塾から静かに淘汰されていくらしい。
つまりはこういうことだ。名古屋で塾を運営していく喜びを意識すべきなのである。わたしの思想は東京では受け入れられない。名古屋でこそ受け入れられるのだ。東京ではわたしの書くような文章は読まれない。書く余裕も生れないだろう。
というのも、東京では「効率」「成果」「実績」が優先されるからだ。わたしはかつて東京の大学に通っていた。大学時代のさまざまな経験もさようなことを教えている。
東京での大学時代神奈川県の相模原市から小田急線に乗って新宿まで出て、山手線で大学の最寄り駅たる高田馬場駅まで通っていた。
山手線の車内に日能研の広告があったことを記憶している。中学受験塾がしのぎを削っている場所、それが東京なのだ。当時、まさか55歳で中学受験塾、しかも国語塾を経営するなど夢にも考えていなかった。
大学時代、塾講師や家庭教師の仕事は魅力的だったが縁がなかったのか一度も教育系のアルバイトをしたことがなかった。仮にアルバイト教師になったにしても中学受験塾で働くことはなかったはずだ。
高校生を対象に大学受験の指導をしたかった。なぜなら、大学に受かるための勉強をわたしはこれでもか、というくらい徹底的にして来たからだ。特に英語と古文には自信があった。
したがって、今わたしが名古屋で塾を経営しているのは少し不思議な感覚だ。しかも小学生を対象にした中学受験塾、さらにその中でも国語専門塾を運営している、というのはわたしにとっては奇妙な感慨を覚える。
名古屋の保護者は派手な宣伝よりも誠実さを重んじる。名古屋の保護者は慎重でもある。特に女子児童の保護者は最初は警戒する。
だが最近の不埒な教師の醜聞を聞けば慎重にならざるを得ないのは十分理解できる話だ。保護者を責めることはできない。
わたしは名古屋で中学受験塾を営むことが簡単だ、楽だ、と述べたいのではない。名古屋は名古屋なりの難しさがある。我が塾は開業してから今年で三年目になるが、まだ塾は軌道に乗った、とは言えない。
名古屋でも実績がない塾には生徒が来ない。それゆえ実績を作るための努力は並大抵ではない。名古屋の塾なりの苦労があることは言うまでもない。
そうであってなお、わたしは現在、名古屋で中学受験塾を営める幸せを改めて嚙みしめている。これまで名古屋ではわたしは会社に勤めながらそれと並行して名門会のプロの家庭教師として国語を教えてきた。小学生に教える仕事は愉しかった。
自分の塾を立ち上げてみると色々なことが判った。例えば塾の仕事は起きてから寝るまでが仕事であることだ。一日の流れを以下に記す。
まず起きてトイレを済ませるとパソコンを立ち上げる。そして、ブログのデータをAIに分析させた上で論評させる。毎日ではないがブログの記事を書き進める。AI画像を添えてホームページにアップする。推敲を含めると午前中いっぱいかかる。
さらにブログ執筆をしない午前中は近くのドラッグストアに行き、5円コピー機で過去問をコピーする。ついでに買い物もして住まいに戻る。昼飯を食べてから授業準備をしたり、小テストを作ったりする。
そうこうしている内に塾生が来て授業開始である。授業が終わって塾生が帰ると遅い夕飯を食べる。玄米とインスタント味噌汁それにささやかなおかずが夕飯の内訳だ。その後入浴しながら本を読み、十時には床に就く。
毎日が過ぎるのが早い。平日はそれなりに忙しい。休む日は日曜日だけだが、その日曜日も塾のことを考えていないわけではない。ずーと仕事のことばかり考えるようになった。
我が塾が生き残るためには色々と考えざるを得ない。ただ、そうであっても休む日はあった方がいいことも経験上、理解している。
したがって、生徒の入塾が決まるのは本当に嬉しい。生徒の退塾が決まるのはしごく悲しい。東京は若く体力がある人には確かに魅力的だ。一方、名古屋は年齢を重ねた55歳のおじさん経営者にはさらに魅力的である。居心地がいいのだ。
名古屋で塾を運営する幸せをひとつひとつ数えて名古屋は平針の地でわたしなりのペースで今後も生徒諸君と関わっていきたい。最近は名古屋の食文化にも関心を寄せている。適度の休憩を取るためにも、自分へのご褒美のためにも、時々近くのレストランで美味しい料理でも食べて英気を養いたいと思っている。
山のあなたの 空遠く 「幸」住むと 人のいふ 噫われひとと 尋めゆきて 涙さしぐみ かへりきぬ 山のあなたに なほ遠く 「幸」住むと 人のいふ
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