わたしの履歴書

幼馴染みの夫婦のYouTube動画を視聴しながら「嫁さん綺麗だな」と独り言ちて独身のわたしは机に向かって一人パソコンのキイを叩いている。別段、羨ましいわけではなくむしろ心地いい。結婚していたらわたしの人生も今よりも違った人生になっていたのではないか、と考えさせられる。

さはさりながら、「ひとりは淋しいが、ふたりは煩わしい」という言葉も思い出すのだ。独身はわたしの性分に合っている。この年で結婚など真っ平御免だ。わたしは生涯独身でいいと思っている。

我が塾は中学受験の国語専門塾だから塾に来る生徒は全員が小学生だ。子どもの教室までの送り迎えを分担されているご夫婦がおられる。一生懸命な子育てを見ると胸の奥に小さな痛みを感じることもある。

わたしは独身のまま五十五歳まで来た。晩節を汚したくないので年齢を問わず女性とは一定の距離を取ろうと思っている。もっとも、モテないわたしは意図せずとも一定の距離は置かれているが。

若い頃のわたしは、お見合いの釣り書きを書くのも億劫に思われるほど疲れていた。ともかく生活するだけで、いっぱい一杯だった。ひとつの職場に長いこといられなかった。次の職場ではまた一から仕事を覚えなければならなかった。職場の人間関係にも気を遣った。いつも疲れを覚えるゆえんであった。

わたしは仕事を選んでいたわけではなかった。むしろ、自分にできそうな仕事なら何でも挑戦してみた。居場所がほしかった。お金もほしかった。しかし、切望し渇望するほど欲した世の財産は与えられなかった。無職の時代、閑に任せて、わたしは本を読み、gooブログに記事を書いた。

夏場に草刈りのアルバイトがあったので草むしりならできそうだと思って行ってみたら草刈り機を使う誰もが嫌がる重労働だった、ということもあった。陽がじりじり照りつけて、立っているだけで意識が朦朧とするような現場で汗をだらだらかきながら外国人労働者と一緒に草刈りをしたのだ。

冬場には地元の豊橋から電車に揺られて名古屋にアルバイトへ行ったが十二月の大雪で震えるほど寒かった時もあった。冬場の冷たくて汚い名古屋駅の構内にあるトイレで用を足したことを鮮明に覚えている。トイレの小窓から見える空はどんよりしていた。

わたしは社会のレールから外れる、ということがどれだけ大変か、ということを身を以て知った。履歴書と職務経歴書を書きまくった。けれども職場を移れば移るほど採用からは遠ざかった。仕事をしなければお金も稼げないし貯金もできない。やがてわたしは貧困に陥った。

貧乏な時代に、二年ほどバツイチの彼女ともつき合った。相手は穏やかで知性のある人だったが自分の利益を優先するような女性であった。同じ大学を卒業していたが彼女に魅かれてぞっこんになる、ということもなかった。やがて結婚相談所で知り合った、という男性と結婚していった。

ある日、一葉の葉書が届いた。裏は写真になっていて、そこにはウエディングドレス姿の彼女が微笑んでいた。彼女の横には見知らぬ男性がこれもまた微笑んでいた。わたしは天を仰いで嘆息した。八つ当たりする誰かもおらず、わたしはふて寝した。二年間の交際中、わたしは彼女に指一本触れなかった。大事にしたのになあ。

彼女のことは今はもう思い出すことも減ってきたし未練はない。保護者の方に言いたい。わたしは女性との交際中に手を繋ぐこともしなかったストイックな男なのだ。女生徒を性の対象として見る道理がないではないか。

彼女は言っていた。「食事くらい奢ってほしかった」。けれども、わたしも貧乏でデート代を弟に無心していたくらいだった。確かに彼女も生活が苦しかったと思うが「わたしもあなた以上に困窮していたのだよ」と胸中で呟いた。結局、彼女はお金を持っている男性を選んだ。

わたしは何を述べたいのだろうか。今の塾はわたしが名古屋は平針の地で見つけた最高の居場所なのだ。塾を立ち上げるのに履歴書も職務経歴書もいらない。採用担当者にぺこぺこ頭を下げる必要もない。

わたしはこれまで孤独だった。これからも孤独だろう。しかし、わたしは孤独な塾稼業を愛する。もう転職はご免こうむる。わたしのレコンキスタ(失地回復)は始まったばかりだ。

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