女生徒との適切な距離

塾生は国語の成績が良くなくて我が塾へ通っている。今この稿は授業と授業の合間に書いている。先般、過去問特訓合格コースを初めて受講した女生徒は真面目に授業に取り組んでいたし、音読が淀みなく流暢だった。けれども、そういう彼女のいい点が成績に反映されていないようだった。

本はよく読むそうで、マンガは読む習慣がない、とのことだった。しかし、わたしが中学受験を題材にした『二月の勝者』の一巻目を読むことを提案したら喜んで借りていった。このマンガでモチベーションは維持できるはずだ。わたしは同書を塾生に積極的に薦めている。というのもわたし自身のやる気に強く影響したマンガだったからだ。

今春、第一志望校へ受かって進学した塾生は夏から『二月の勝者』を読み進めて受験まで残り僅かのタイミングで読了している。彼女の授業のときは同書を塾のテーブルにそっと一冊だけ置いておいた。塾生の彼女は置いてある同書を家に持ち帰って勉強で忙しい中、読んでいたようだ。ちなみに同書は全部で二十一巻ある。

テーブルに置いたのは理由がある。それは手渡しを避けるためだった。手渡しだと何かのはずみで何処かに触れないとも限らない。その可能性を排除するためだった。その女子児童には入塾から卒塾まで文字どおり指一本触れていない。合格したときにハイタッチすらしていない。握手していないのはもちろんのことである。授業が終わってくだんの生徒が帰る際もホワイトボード付近から見送った。授業中の玄関のドアは施錠していない。

女生徒には少し異常ではないか、というくらい配慮している。そのくらいしないと生徒も保護者も安心できないと思う。やり過ぎなくらいで丁度いいと思う。子どもたちは安心できる環境で勉強する権利がある。それゆえ、受け入れる側は権利を守るための義務を負うのだ。

昨年、女生徒は一名だけだったが今年は倍の二名いる。いずれも受験生だ。そして当塾の「過去問特訓合格コース」を受講している。一名は今週、最初の授業を受けている。もう一名は来週に初めて授業を受ける予定だ。本人たちは、もちろんふたりの保護者の方も勇気が要ったと思う。だが安心してほしい。わたしは去年、通ってくれた塾生に毎回、徹底的に配慮してそのうえで喜ばれているのだ。彼女は受験した学校全部に合格しているのだ。

わたしはこれまで女性に触れたことがない、と言い得る。昔付き合っていた彼女と手を繋いだり、腕を組んだりしたこともない。かてて加えて姪とも手を繋いだことがない。姪は幼い頃、手を繋ごうと言ってくれたのだが、わたしはやんわり断っている。わたしは今までの人生で女性と深い関係になったことは一度もない。

わたしの塾の弱点はトイレが教室の中にあることだ。ユニットバスのトイレで教室にいると音が聞こえる。ときどき男子生徒が使う場合があるが何だかお互いに気まずい。かつて我が塾の女の子が使った試しがない。むしろ使わないでくれと言っている。我慢できなくなったら駅のトイレ、あるいはすぐ近くにあるミスタードーナツのトイレ、もしくはコンビニのトイレが使えるよ、と伝えている。

個人塾のトイレは盗撮の温床になっていて、わたしとしても痛くもない腹を探られることを避けたいのだ。言い換えると、女子にトイレの使用を控えてもらっているのは差別ではなく、個人塾という密室空間で生じ得る誤解を避けるための可能な限りできる安全のための配慮なのである。

危ない時もあった。それは今年の元旦特訓自習会のときだ。今年は元旦午前九時から午後五時までの長丁場の自習会を行った。もちろん昼休みを設けたが昼食をとってから午後五時までの間のトイレの問題があった。その生徒は母親の待っているミスタードーナツに行ってトイレ問題を回避したのだった。元旦の朝から夕方までその子の母親は近くの店舗でずっと待機していたのだ。領空侵犯したら何時でもスクランブル発進するぞ、という母親の覚悟の程を思い知らされた。

わたしはその事実を思い出す度に胸打たれる。そして生徒はもちろん保護者の信頼を裏切ることはできないと襟を正される思いがするのだ。こういう親子の姿勢に感心する。それゆえに彼女は受験した学校に軒並み合格して第一志望校にも合格したのは偶然ではない。必然だったのだ。今年、入塾した女子児童ふたりにも合格の喜びを知ってほしいと思う。そのためにわたしも適切な距離を取り続けるつもりだ。

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