天白区平針駅前にある中学受験国語専門塾の塾長雑感(25)

書くネタが尽きたときにわたしは塾長雑感を記す。今、カシオペアのナンバーのスペースロードを聴きながら執筆している。わたしは、カシオペアの野呂一生氏の作る楽曲が若い頃から好きなのだ。わたしが中学生になってようやくCDが出来た。それまではレコードで音楽を聴くしかなかった。その頃からのファンなのだ。

わたしが音楽に目覚めたのは中学生二年生の時だ。同級生が「カセットテープを持ってこい」とわたしに言ってロサンゼルスオリンピックのテーマ曲を入れてくれたのだ。のみならず、カジャグーグーやワスプの曲を入れてくれたのだ。わたしはロサンゼルスオリンピックのテーマ曲やカジャグーグーの曲が好きになり、何回も繰り返し聴いた。音楽に目覚めるきっかけを作ってくれた彼には今でも感謝している。

YouTubeの動画を視聴していると、しばしばシングルマザーの貧困家庭を支援するために寄付してください、という広告動画が現れる。子どもたちが可哀想だ。大人の事情で子どもたちが、ひもじい思いをしているのだ。さような思いをしている子どもたちが日本にいるのだ。

人間の死に方でもっとも過酷で辛い思いをするのは餓死だ、と本で読んだことがある。生活が困窮していても生活保護が受けられず「おにぎり食べたい」と紙片に書いて亡くなった人がいた。何のための生活保護か。「おにぎり」というささやかな願いが哀しいし、切ない。現代では生活に困っている人が見えづらい。その中に子どももいるのだ。

すでに「子ども食堂」などの民間の支援も始められている。わたしも支援の輪に加わりたい。れいわ新選組の山本太郎氏の主張は勉強不足だとか矛盾があるとかないとか言うアンチがいる。けれども、涙を流しながら現代日本の苦しみに寄り添おうとしているではないか。今までの政権与党の政治家が自らの都合を優先し、弱い立場の人々を見過ごしてきた結果が、今の日本なのだろう。

生老病死といった人生を送る際の哀切を伴う通過儀礼があるなかでもう少し日当たりを良くするために政治家に期待するのは間違っているのだろうか。この世はやはり涙の谷なのだろうか。「おにぎり」一個すら与えないケチな日本を改めたい。「おにぎり」の値段は命を超えてしまった。行政は、命を守るという最も基本的な務めを果たせずにいる。兵庫県知事の言動を見ると、政治がどれほど自分本位になり得るのか、その典型を見るようで胸が痛む。

夏が来れば思い出す──遥かな尾瀬、遠い空。尾瀬は幾つかの県にまたがる国立公園で、その中に群馬県がある。群馬は母の実家だ。建て替える前の家には五右衛門風呂があり、庭には無花果の木があった。この唱歌を耳にすると、あの家の風景がありありと蘇り、なぜだか切ない気分になる。今では五右衛門風呂のある家などほとんどないだろう。けれども、わたしは機会さえあれば、その記憶をいつでも呼び戻すことができる。祖母は物心つく頃から寝たきりで、祖父は優しかった。母の父だから。

祖母は家族が寝静まった頃、叔母に支えられながら、わたしら子どもの顔を一人ひとり丹念に覗き込んでいた。祖母の世話をしていた叔母が「皆が起きるから」とたしなめた。今なら判る。祖母の愛情がそうさせたのだ。ある時、床に臥せっていた祖母に向かって「おばあちゃん」と呼んだ。ふざけて呼んだのに、祖母は覚束ない声で「はい」と何度も応えてくれた。わたしは当時の自分の罪深さを今も深く悔いている。しかし、謝りたくても優しい祖母はもう他界している。大好きだよ、おばあちゃん。

・無花果という果物は古くからあるようで聖書にも出てくる。新潟県の教会員のお宅にも無花果の木があった。無花果で作ったジャムは食パンに塗って食べると子ども心にも旨かった。小学三年生の頃に引っ越したので、それ以来、手作りの無花果のジャムは食べていないことになる。

果物といえば昔、両親の実家でこんなことがあった。ある時、母が「柿を食べるかね」とわたしに勧めてくれたのだが、わたしは柿が苦手だったので「遠慮する」と断った。それを見ていた父が「柿の味は上品だからお前には分からないのかもな」と言ったのだ。たっぷりと皮肉が効いていて、父らしい冗談だったと思う。何とも見事な切り返しで、わたしは何も言うことができなかった。

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