風と沈黙

家族と共に自動車で田舎に帰省する前に、父はいつも祈った。 

「出ると入るとを守ってください、主よ」

いつでも神に信頼する生き方が、子どもながらに眩しかった。温かかった。

父はよく語っていた。自分の生涯が羨ましい、と。

その言葉を、わたしは忘れることができない。

信仰の火はゆらめく。だが消えない。

むしろ、いよいよ明々と燃えつづけている。

わたしは未熟な息子であり、キリスト者である。

そうであってなお、否、そうであるからこそ旅の空で神に祈るのだ。

神は天にまします。どうかわたしの人生を最後までご照覧あれ。

わたしの心とは裏腹に、台風は過ぎて空の裂け目は青く澄み切っていた。

エンジンに火が入る。冷たい鉄の塊が息を吹き返す。

朝早くバイクで出発する。路面が光っている。独り切りで走る。

まだ薄暗い空の許、バイクに乗りながら、わたしも旅の安全を祈っていた。

目を開けたまま。

バイクに乗って遠くを見晴るかす。此岸を超えて彼岸まで。

バイク・ツーリングという非日常を愉しむ。そう決意したはずだ。

ハレの日が終われば、またケの日常が待っている。

だが、それを思っても詮無いことだ。

そうであるならばハレの日を十分、愉しもう。

その刹那、浮き立つ思いを風がさらっていった。

風は奪う。

生涯の終わりには、暴風が吹きつける。

牧師である父は警告する。

方舟の扉は突然、閉められる。

現代はノアの洪水の前の日々のようだ。

娶ったり嫁いだりしていても、

やがて全てが剝ぎ取られ、

人は神の御前に裸のまま立たされる。

ヨブは言う。

人は裸で生まれ、裸で死ぬ。

風の音に、ただじっと耳を澄ます。

現代の喧騒は静寂を追い立てる。

わたしは聖書の言葉を思い出して心の中で反芻する。

「汝ら静まりて我の神たるを知れ」

風と沈黙の中、否応なしに神と対峙させられる。

声は届いているのか。

風の音だけが聞こえる。

沈黙は神の智恵であったはずだ。

呼びかけてみる。

神は沈黙される。

空の空。伝道者は言う。

風を追うようなものだ。

われわれは叫ぶ。

応答はない。

みだりに神の名を口にすることは慎むべきだ。

「汝の神エホバの名をみだりに口にあぐべからず」

神はわれわれを幸せにせねばならぬ。

誰かが声高に叫んでも、その声は宙に空しく消える。

一陣の風が吹き抜けるだけだ。

神などいない、と求道者は言う。

父は熱心に諄々と悔い改めを説く。

神はただご覧になっている。

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