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オウシは奇妙な男だった。突然、通学路に現れた。校庭にも現れた。校庭の水飲み場で喉を潤したかと思うと、しゃがんで子どもたちが遊んでいるのを黙って見ていた。決まって日中に子どもたちの前に現れた。
着ているものは粗末だった。時々、もごもごと言葉にならない呻き声を上げたこともあった。子どもたちはわーいわーいと囃し立てた。たぶん彼は子どもたちがすきだった。子どもたちは彼を避けていた。
オウシは何をするでもなかった。子どもを追いかけ回す、ということもなかった。子どもたちの傍でニコニコしていた。彼が何処に住んでいるか子どもたちの誰も知らなかった。名前はむろん年齢も不詳だった。
ある日、わたしはランドセルを背負って友だちと通学路を歩いていた。オウシがいるのを認めた。わたしは萎縮した。そして彼とできるだけ目を合わせないようにやり過ごそうとした。友だちがそれとなく囁いてくれたのだった。やばい!
オウシは、こちらに向かって歩いてくる。「おい、目を合わすなと言っただろう」と友だちは小声で脇をつつくのだが目を合わせた覚えはない。俯きながら歩いていたのだが却って裏目に出たようだった。
オウシが現れるときは決まって独りだった。不気味な風体をしていたが不審者として通報されることはなかった。昭和は鷹揚な時代だった。オウシはわたしに関心を示したが何か話すというのでもなく去って行った。
彼は口が利けなかったようだ。オウシという名前も「おし」に由来しているみたいだった。当時、「おし」という言葉は平気で使われていた。
だが、オウシは幼けない女の子には近づかなかった。それは彼の唯一の美学であったように今振り返ると思う。
オウシは公園で水を飲んでいた。ところが水そのものを飲むのではなく蛇口にむしゃぶりつくようにして飲むのだ。皆、オウシを遠巻きに眺めていた。オウシは走る、というのでもなく、いつもゆっくり歩いていた。子どもたちは逃げようと思えばいつでも逃げられた。
ここからはいっそう記憶が不確かになるが牧師である父はオウシを自分の教会に招き入れたのではなかったか。少なくとも伝道は試みたように思い出す。わたしは父をとても誇らしく感じて胸がいっぱいになったように記憶している。オウシ、よかったなあ。
オウシもわれわれ子どもたちも薄汚い大人たちも神の目からみたら等しく大事な魂なのだ。迷える子羊に違いはないのだ。
オウシがもし口を利けたらと想像する。
「へえ、アンタ、国語のセンセイになったのかね。大したもんだね。オレを覚えているかい。オレは子どもたちに何かしたかね。アンタに何かしたかね。オレみたいな大人も生きていていいんだよ。それを子どもたちに伝えてくれ。頼んだよ」
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