読めて、書けて、受かる中学受験専門国語塾。
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今日は記念日だった。ショートケーキの一切れでも買って食べてみてもよかった。あるいは旨い料理を近くの食堂で食べてもよかった。しかし、わたしはあえて外食などしなかった。
誰かに祝ってほしかった。ドアを叩く音が聞こえる。開けてみるとサプライズだよ、と言ってクラッカーが鳴らされてホールケーキが届けられたらいいが、まさかそんなことが起こるわけもなく、夕飯に牛丼と味噌汁、沢庵を食べて、この稿を書いている。
こういうとき奥さんがいてくれたらいいな、と思う。ひとりは淋しい。ふたりは煩わしい。やはり独りでいいのだ。独りがいいのだ。誰も祝ってくれなくても。
今日は授業がなかったので惜しいことをした。わたしの記念日を皆は綺麗さっぱり忘れているのだろうか。まさか、わたしの方から言い出すわけにもいかない。
その昔、親友は母親に彼の記念日のことで感謝していた。わざわざ電話するほど特別な日なのだ。わたしは母親に感謝はするが電話で伝えるようなことはできない。
実は一昨年、記念日に塾生からシャープペンシルを贈られたことがあった。
何よりも嬉しかった。
けれどもプレゼントされたシャープペンシルをじっと見ると空恐ろしくもなるのだ。記念日は嬉しい日であると同時に悲しい日でもあるのだ。
電話が鳴らない。誰も尋ねて来ない。孤独を愉しむのだ。へへん。プレゼントなんか受け取ってやるものか。わたしはちっとも――。
わたしは今日だけはヒーローなのだ。たった一日の正義の味方。プレゼントに弱いヒーロー。ついでに記せば、お金も嫌いではない正義の味方なのだ。悪党どもよ。
今日だけは生徒諸君にモテ囃されてチヤホヤされていいはずだ。然り、わたしにはそれを言う権利がある。何といっても特別な日なのだから。周囲の皆はわたしを祝う義務があるはずだ。
時刻は午後6時55分だ。この時刻になるまで、わたしは放っておかれたのだ。待っていたのに。わたしはちっとも――。
定番のあの曲を流してほしいものだ。スティービーワンダーのあの曲だ。そして突然、部屋の照明が落とされてクラッカーが鳴る。照明が点いて、生徒諸君の手にホールケーキが掲げられている。五十六本の蠟燭に火が燈されていた。
おめでとう、水上先生!
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