少年の夏―信仰による自己疎外

梅雨が明けて暑い毎日が続く。わたしは小学生の頃、夏だけ、水泳部員になってプールで泳いだ。背泳ぎが得意で市の大会に出場しないか、と顧問の先生から声を掛けてもらった。だが、夏は毎年、浜名湖にあるキリスト教のキャンプに参加するのが恒例で市の大会に出場は果たせなかった。

浜名湖の近くにある丘の上のキャンプ施設に行くのは気が進まなかった。東海地区の教会から集う子どもたちがキャンプ場で過ごすのだが、いい思い出はない。

わたしの信仰は未信者には理解されぬだろうなという思いを常に抱かざるを得なかったが信者にも理解されなかった。多くのキリスト教徒の家庭の子息が集まるのだが、そして子供たちははしゃいで騒ぐのだが、世界は神とわたし独り切りだった。キャンプの趣旨は信仰継承だった。

キャンプは嫌いだったが必ず出席せねばならなかった。わたしは教会の牧師の息子だった。わたしが参加しないと示しがつかないのは明らかだった。もちろん、愉しい場面もあった。皆で浜名湖で海水浴に行ったことを思い出す。

海水浴?湖なのに。然り、浜名湖の水は塩辛いのだ。そして蛇足になるが浜名湖は汚かった。海水浴場には高い木製の塔が建てられていて、そこから下に飛び込むのだ。これが面白かった。一度、足を滑らせて墜落して事故になりかけた。人がいないところでほっとした。

わたしはキャンプ場の悪口を書きたいわけではない。誰にでもある少年時代の自己疎外の記憶を記録しておきたいのかも知れない。正確に記すとそれは信仰ゆえの自己疎外だったのかも知れない。

海水浴から帰る夏の国道は距離にしたら短かったが、わたしにとっては、うねうねと延々続くように感じられた。退屈で辛かった。そして次のプログラムが始まることに緊張感もあった。時間が止まってほしかった。浜名湖に係留しているヨットを車窓から虚ろな目で眺めていた。

こんなことを記すとお叱りを受けるかも知れぬが、当時のわたしは中学受験でもしたかったはずだ。夏休みの間にも何かに自分を打ち込む、ということであの頃のわたしは救われたのかも知れない。

幼い魂には居場所が必要だ。我が塾が少年少女の居場所になれれば嬉しい。あの頃のわたしのように、この夏、行きたくない場所へ行かねばならない子どももいるのかも知れない。

現在、わたしは夏だからといってキャンプ場に行かなくてもいい年齢になった。五十五歳でまさか子どものキャンプに行く人間はいまい。貧乏暇なしで行きたい場所には行けないけれどエアコンの効いた教室で山下達郎の音楽を聴きながら本稿を書けるひとときは悪くない。

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