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年輩者を狙ったオレオレ詐欺という卑劣な犯罪があるが、わたしも含めて世の人々は皆、生き方において、いわゆる「俺おれ主義」なのではないか。さような書き出しで、かつて記事を記したことがある。今回はその続編を執筆していきたい。
まず「俺おれ主義」の定義をしたい。わたしが言う「俺おれ主義」とは、自分を世界の中心に据え、他者の存在を“物語の背景”として扱う生き方のことである。
わたしも含めて自己中心性は人間に特徴的な性質だ。自分が王様なのだ。世の中で一番偉いのだ。自分を中心に世の中が回っているのだ。われわれは少しでも日当たりの良い場所を獲得しようと躍起になる。そして多くの物を得るが、その代わりに多くの心を失う。
さような自分を嫌だと思わないだろうか。誰の話として読んでいるか。あなたとわたしの話をしているのだ。
真理は那辺にあるか。自己中心の世界にはない。ヒューマニズムに究極的な救いはない。死に対してヒューマニズムは無力だ。あの宮沢賢治ですら最愛の妹トシの死を前にして、ただ詩を書くことしかできなかった。
それでは真理は何処にあるのか。人間中心の世界ではなく神中心の世界にこそ真理はある。人間の自己中心に流れる性質のことを聖書は「罪」と記している。罪ゆえに、われわれは自分の得になることには敏感だ。
YouTubeの広告動画で「今すぐ無料体験」というキャッチ―な宣伝文句を毎回のごとく聞くが、ここにも「俺おれ主義」の罠を見る。「今すぐ無料体験」という言葉の欺瞞性を三つに因数分解してみたい。
まず「今すぐ」は考える余白を与えない。思考停止状態にするための言葉だ。次に「無料」は警戒心を麻痺させる。無料というのは麻薬的な言葉だ。最後に「体験」は行動への促しだ。行動のハードルを下げるための言葉だ。
以上の三重の言葉の罠は人間の弱さを見事に突いている。そして、わたしはさらにひとつの罠がある、と見ている。それは「繰り返し」だ。
ヒトラーは『我が闘争』のなかで、宣伝を執拗に繰り返すことの効果について述べている。宣伝の危険性を語る文脈において、彼の指摘は無視できない。
国家レベルの「俺おれ主義」が戦争を生む。国境を越えて「俺おれ主義」的な風潮が蔓延している。日本とて例外ではない。そして倫理の緩みは、大人の世界だけの話ではない。
日本の学校現場でのいじめを考えてみるといい。子どもたちもまた、大人たちの「俺おれ主義」に感染している。罪に汚染されている。われわれは例外なく全員、罪を持っている。
以前の記事でも記したがニネべの街のように悔い改めて悪から離れるべきだ。そうすれば安全にこの世を渡っていけるのだ。われわれはヨナをとおして語られた神の言葉に従ったニネべの街の住人に倣うべきだ。
今回の記事の基になった記事たる「俺おれ主義」の記事をこちらに置いておきます。
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