日曜学校という原風景──わたしの国語力の根

AIから宗教は語るな、と釘を刺されているが自分の経験を語ろうとする時にわたしは宗教色を薄めることはできない。それはとりもなおさず、自分の経験を薄めることになるからだ。読者諸賢もさような毒にも薬にもならない話は読みたくないだろう。少なくともわたしは読みたくない。

ミッション系の学校に進学することを考えている学生の中にはキリスト教の信仰を強制されることを本気で心配する者がいるが現行憲法では信教の自由が保障されていることを知らないのだろうか。わたしなら信仰を強制するくらい気骨のある学校に入りたいと思うくらいだ。今の日本にさような骨のある学校があるものか。

今の時代はコンプライアンスがうるさいし、宗教の話はタブーなのだ。AIから注意を受けるゆえんである。今からわたしの原風景について書いていこうと思う。わたしが当ブログで書いているような思想あるいは文体は如何にして誕生したかについて記したい。

端的に記せば今の時代では聞くことはあまりない日曜学校でわたしの国語力は鍛えられたのだ。わたしが小学生の頃は土曜日も半日授業があった。それゆえ日曜日は休日として今より貴重だった。そうであってなお、わたしは日曜日の朝、日曜学校へ通って教師の話を聞いた。その後は大人に混じって礼拝に出席して牧師の説教を聞いた。

日曜学校でも、その後の大人の礼拝でも、旧約、新約の別を問わず聖書を何回も参照した。わたしはキリスト教の教典を幼い頃から直に読んだ。もちろん聖書が子どもに理解しやすいように配慮されて書かれているはずもなく自分なりに苦労しながら読んだ。聖書を読むのは苦労したが教会の温かい雰囲気が好きだった。

一方で牧師が語る死について恐怖を覚えていた。そして子どもながらに生きづらさも抱えていた。聖書に答えを探した。しかし、大古典であるバイブルは子どもの読み物としては難しすぎた。わたしは古典を味わうにはまだ若すぎた。だが、わたしの年齢のレベルで分かることもあった。

ここに記しているのは聖書を読めば読解力がつくという単純な話ではない。子どもは自分のレベルに応じて世界を理解するのだ。わたしの国語の力はおそらく小学生の時代には深まらなかったはずだ。わたしの国語力はその後の学生時代の厳しい修練、そして大人になって世間で痛い目に遭って悟った経験を経てようやく開花したように思う。ただ、幼い頃に理解できない大古典の素読をした経験は、のちの読解力の根になったことは指摘しておきたい。

子どもには、それぞれレベルがある。それを無理なく養い育てていく他に手立てはないのだと思う。聖書は確かに大古典ではあるが無味無臭の書ではない。宗教はご免こうむるが国語力はつけたいので読む、という姿勢では上手くいくはずがない。もっとも誰も聖書は手に取って読まないだろうが。

宗教にとって死というテーマは避けては通れない永遠のテーマだ。ここに物事を深く考える契機がある。子どもでも死ぬことについては恐怖を覚えて不安に思っているものだ。死について考えるのだ。死を思う時に考える力は養われるのだが、これははなはだ剣呑な真理かも知れない。

死について考えない、というのが普通の人だ。まして幼い子どもに死ぬことについて考えさせる親はいまい。それでも人生の最後が死であることは動かない。この人生最大の困難なテーマのヒントを子どもは欲しいと思うものだ。そのヒントを本に求めさせるのだ。古典に求めさせるのだ。

人生には晴れの日もあれば曇りの日もある、という言葉はよく聞く言葉だが、わたしの経験上、実際は曇りの日々ばかりだ。凪の日はほんの僅かだ。人は誰であれ幸福を求める。少しでも日当たりがいい場所に行きたがる。つまるところ人生最大の不条理を真っすぐに見つめることが考える力をつけさせる一番の近道だと思う。

牧師が語る聖書の説教は理解できるところもあった。稀に面白かった部分もあった。けれども聖書を直に読んでも腑に落ちなかった。その理由は牧師が分かりやすく解釈してくれたからだ。説教と聖書原文の気の遠くなるような往復が考える力を養っていったように思う。

最後に、現代人が避けて通りたがる不幸こそが国語力の根を育てることを指摘しておきたい。たっぷりと苦悩すれば人は嫌でも人生について真剣に考えざるを得なくなる。晴れの日ばかりでは人間の思考は深まらない。曇りの日々こそ読解力や文章力を涵養するための絶好の日々だ。

これこそが人生の逆説だ。幸せに暮らしている者は死のテーマを考えない。教会にも通わないし、子どもを日曜学校にも通わせない。のみならず死を語る者を疎んじてそのテーマを忌避する。こうして思考停止状態に安んじてしまう。

つまり人生の最大の不条理について自分なりに考えるということこそが思考力を伸ばすのだ。こう述べてもわたしの意見に賛成してくれる者はいないことをわたしはよく理解している。残念なことである。

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