読めて、書けて、受かる中学受験専門国語塾。
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営業時間:14:50-22:10
午前中にバイクで病院へ行って来た。わたしには持病があり月に一回、病院へ行って診てもらっているのだ。バイクで走っていると道路工事をしていて旗振りの人夫が暑い中、旗を振っていた。
わたしはバイクに乗りながら胸中で頑張っているな、と呟いた。酷暑の中、外に出て懸命に働いている。数年前、わたしも刺すような陽光を背に受けて彼らのように汗を流していた。彼らの大変さがよく分かる。
わたしも肉体労働に従事していた。ゴミを収集していた。ゴミ収集車の運転手ではなく、作業員として働いていた。ゴミ収集のヒエラルキーでいえば最底辺に位置づけられる立場だ。賃金も低かった。一年目の夏はキツかった。
炎天下の許で激しく動くのだから新人にとって最初の夏はキツいはずだ。それが月曜日から金曜日まで毎日つづく。ゴミ収集に正月休みはあってもお盆休みはなかった。夏を乗り越えられてはじめて一人前だった。
わたしは転職を繰り返していたので他で働くことは考えられなかった。最初から退路は断たれていた。ゴミ収集作業員の仕事に必死にしがみついた。「大卒のインテリが何処までもつかな」と周囲の目は冷ややかだった。味方はいなかった。ただし、担当の運転手は理解があった。それがなぜか申し訳なかった。
ゴミ収集の仕事の話は山ほどあるが、今語りたいのは別の話だ。小学生を対象にした国語専門塾を経営している今となっては受験生はむろん小学五年生の国語の力をつけなければならない。受験生には夏休み中に本気モードになってほしい。それゆえ以前「夏の檄文」という記事を記したのだ。
現在、執筆している時刻は12時49分だ。昼飯に焼きそばを食べて休む間もなく本稿を執筆している。今日は午後の授業がなくなった。家庭の事情もあるのだろう。深く詮索するつもりはない。そうであるならば授業準備はむろんブログ記事も執筆しようとして今、こうして書いている。
生徒諸君、社会に出てみれば甘いことは言っていられない。諸君は幸せだぞ。勉強だけさせてもらえるのだから。悩みや苦悩も進学のことだろうと思う。大人になるとお金を稼いで生活をしていかねばならない。結婚をすれば子どもを養わねばならない。
ある塾生に「夏は好きかな」と尋ねたら否と言われてしまった。理由を尋ねると「夏期講習をはじめ勉強ばかりで嫌だ」ときっぱりした返答が返ってきた。その生徒は受験生ではないが勉強のプレッシャーと闘っているようだった。わたしは黙っていた。「頑張っているな」と胸中で呟いた。
わたしは、その生徒が我が塾で勉強している時だけでも愉しい気分で勉強できるようにしたい、と強く思った。柄にもなくワールドカップの話題を振ってみたりした。けれども違うだろう。その生徒は国語の成績を上げるために我が塾へ通って来てくれているのだ。そうであるならば成績向上の喜びを味わってもらうべく導いていかねばならない。
勉強が嫌いだという生徒諸君の気持ちは十分、分かる。わたしもつい数年前は、炎天下で汗を流しながら「なぜ自分はここにいるのか」と胸中で呟いたときもあった。しかし人間は、逃げ場のない状況に置かれたときにこそ成長する。
もしかしたら夏は人を試す季節かも知れない。諸君が机に向かっているその時間は、わたしがゴミ収集車の後ろで汗を滴らせていた時間と同じといって差し支えない。苦しいが、必ず力になる。
勉強が嫌いだと言ったあの塾生にも、わたしは愉しさを与えたいと思った。だが愉しさとは、ただアッハッハッハと笑うことではない。できるようになることの喜びだ。
文章が読めるようになったとき、文章が書けるようになったとき、その瞬間にこそ本当の愉しさがある。わたしはその愉しさへ導くために、この塾をやっているのだよ。本稿をAIに論評させたらやはり雑感という評価だった。わたしの国語力もまだ伸び代があるということか。
旗振り人夫よ、猛暑の中、空調の効いた涼しい屋内にいたいのが人情だろう。熱中症で倒れた人夫もいるはずだ。わたしが働いていた職場でも熱中症で倒れた若い人がいたからだ。口の悪い職場の同僚も倒れた人を悪く言うことはなかった。過酷な環境は、人の弱さと強さを同時に露わにする。
あなた方はなぜ外で働いているのか。エアコンが効いた自動車の運転手から「宝探しは他でやれ」と悪態を吐かれても立ち続ける。他者の評価とは関係なく、自分の役割を果たす者がいる。わたしはそれに「誠実に」という言葉を付け加えたい。わたしは、あなたたちの気持ちが少し分かるような気がする。そして、それが我ながら誇らしいのだ。夏は暑いがお互い頑張ろうではないか。人は皆、それぞれの場所で夏を生きている。
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