読めて、書けて、受かる中学受験専門国語塾。
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今朝も独り切りで起きて、黙って朝飯を食べた。そして水風呂に入りながら静かに本を読んだ。水風呂から出てタオルで水滴を拭きとり、パソコンに向かって本稿を書き始めている。孤独だ。
人は独り切りで生まれ、独り切りで死んでいく。そして生きている時も独りだ。
勉強も孤独だ。中学受験の勉強も例外ではない。勉強は孤独な営みだ。孤独に耐えられる者、中学受験に強い意味を覚えることができる者の将来は明るい。それゆえ孤独に早く慣れる必要がある。
どんな人でもたった独りで生きているものだ。独り身のわたしが述べるのもどうかと思うが結婚している夫婦ですら孤独の例外たり得ない。むしろ独身者よりも一層孤独に苛まれているかも知れぬ。孤独は職場の喧騒にはなく、家庭の静けさの中にこそ潜んでいる。
孤独は毒にも薬にもなり得る。孤独の効用というのもあるのだ。先ず、孤独に生きる利点は誰の指図も受けない自由さがある。人間関係の煩わしさからも離れられる。むろん、このことは誰にも何も言われずに独善的になる心配をなしとはしない。そうであってなお自由に生活できるのはいい。
かつて高齢の患者が生活する病棟で看護助手として働いたことがある。その場所では食事をする時刻、薬を服用する時刻、就寝する時刻などきちっと決まっていて患者を見ていると気の毒だった。くだんの病棟での食事は皆で食べるのだが患者の表情は暗かった。ある患者は毎回、食事時になると部屋に引きこもって駄々をこねた。
集団生活よりも断然、孤独に生きる方が自由だ。独り切りで仕事ができる、あるいは在宅ワークができる、というのはこの上なく幸せなことに違いない。そして生徒諸君よ、知っているか。独り切りで勉強ができることは自由で贅沢で幸福なひと時なのだ。
そうであるならば塾も集団指導をする塾よりも個々を個別に見てくれる個人塾、わけてもマンツーマン指導をしてくれる塾の方が伸び伸びと勉強できるのではあるまいか。なぜなら勉強は独り切りでする営みであり、個人塾、わけても我が塾は生徒一人ひとりに合わせて伴走するからだ。
次に孤独は常に内省ができる、という利点もある。独り切りで生活すると他人と話す機会が極端に少なくなる。それは、あながち悪い点ばかりではない。他人と話す代わりに自問自答する時間が多くなる。すると深く考える可能性が高まる。さはさりながら現代社会は騒々しい。考える余白を失っている。
未明に若者が乗るバイクの騒音で起こされることがしばしばある。眠りの浅いわたしは大きな物音ですぐ目覚めてしまう。住まいは道に面しているので昼間は自動車やバイクがひっきりなしに通っていく。人々が寝静まる時でも静寂は破られるのだ。
最後に人と話す機会が減ることでその分、本を読むことにも多くの時間を割くことができる。すると百年前に死んだ人間が自分と寸分たがわぬ暗闇を歩いていたことに気づけるのだ。そして生きる意味を知り、生きる勇気すらもらえるのだ。
同じことで眠れず、同じことで悔しい思いをし、同じことで涙を流し、同じことで憤っていたこと知ることができる。これは家族と共に生活している人には思いもよらぬことかも知れない。
人間の一番深いところにある孤独は金でも地位でも埋まらない。言葉だけがそこへ降りていけるのだ。さようなことを我が塾は小学生たちに伝えたい。中学受験の勉強は孤独であることは間違いない。そして人生はそもそも孤独だ。
試験問題として言葉で作られた問題に生徒諸君は苦しめられるのだが一方で言葉によっても彼ら彼女らは癒され救われているのだと思う。書くことは孤独であるが読むこともまた孤独であるのだ。
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