ゴトカズ

ゴトカズ、人間じゃなーいって言う―なあ♪歌うような悪口が聞こえよがしにわたしの耳朶にも届く。思い返すと吐き気すらする。後藤、渾名はゴトカズだ。彼は身寄りのない児童ではなかったか。彼を思い出すときに冒頭の歌も一緒に思い出す。

ワタという渾名のクラスの人気者が歌っていた。わたしはワタと距離を置いていた。自分の同級生を随分陰険にこき下ろす様子が中学生ながら癪に障った。ワタが人気者であることをわたしも知っていた。けれども、後藤を見下し傷つけることに躊躇いを感じていないワタをわたしは許すことができなかった。

後藤は成績が振るわなかった。身なりもお世辞にも綺麗というのではなかった。わたしの記憶の中の後藤は穏やかに微笑している少年だ。愛嬌のある顔で、少し太っていて坊主頭だった。外見は悪童に近かったが性格は温和だった。彼が誰かと揉めたという噂は耳に入らなかった。

彼に落ち度はなかった。少々汚い服装をしていて太っちょで坊主頭という風体が嫌われる原因ではなかったか。後藤は自分がやり込まれているのに激しく抗う、というのではなかった。体格がいいのでワタと喧嘩して勝てない理由はなかった。

ある時、ワタだったか、それとも他の誰かであったか判然とはしないがゴトカズの手の甲に油性のマジックで文字か記号か書きつけた。風呂に入っているか確かめよう、というつもりだったのだろうか。数日経てもゴトカズの手にはマジックの跡が残っていた。

ゴトカズは悲しい目をしながら微笑していた。だが当時のわたしは後藤のことは眼中になかった。わたしはわたしで必死に学校生活を送っていた。後藤には関心がなかった。彼を庇う気などさらさらなかった。

わたしは後藤と同じ学び舎にそれなりの期間共にいた。同じ黒板の同じ文字を見て勉強した。後藤とは席が隣り合うことはなかったが同級生だ。彼の姿は同窓会では見なかったがワタの姿は認めた。会場の居酒屋で気持ちよく酔っ払っていた。

一方でわたしは飲み物を何回も頼んだので外で用を足していた。実はわたしも同窓会には二回しか呼ばれていない。同窓会は気に入り同士のサロンなのだろうか。そうだとすれば皆にとって不都合な人物に声がかかる道理はない。

しばし天を仰ぐ。後藤は今、何をしているのだろうか。綺麗な嫁さんを貰って子どものためにバリバリ働いているだろうか。

ひとつだけあなたに言っておきたいことがある。わたしはあなたを小馬鹿にした嘲りの歌を嫌悪した。そして一度たりとも口にしなかった。

人には言ってはいけない言葉がある。ワタはそれを歌にまでしてクラスメートの歓心を買ったのか。そうだとすれば後藤はその歓心とやらの出しに使われていたのだろうか。わたしはワタから年賀状を貰ったが出さなかった。ささやかな抵抗だったかも知れぬ。

当時、ほとんど皆から疎まれていたゴトカズだったが同級生と共に卒業することはなかった。学期の途中で転校することになったからだ。身寄りのない後藤に養子縁組の話が持ち上がり、引き取ってもらうことになったからだ。中途で去っていく後藤に祝福の言葉はなかったように記憶している。

いい話だと思ったが彼は悲しそうな目で微笑していた。爾来、後藤の消息は誰も知らない。後藤よ、二人だけの同窓会に来てくれよ。俺が奢るよ。その後のストーリーを聞かせてくれ。

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