読めて、書けて、受かる中学受験専門国語塾。
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世の中、金がすべてだ。教科書に書いておいてもらいたい。理想に燃える青少年もなに、すぐに判る。青臭い理想など札束で両方の頬をひっぱたけば、わけなく転向するのだ。青少年に必要なのは立身出世のイデオロギーを吹き込む教育だ。
末は博士か大臣か。どんどん勉強しよう。優しい心は捨てよう。ライバルは蹴落とせ。自分の幸せのことだけを考えることだ。いい学校にお入りなさい。
人の愛情は金で買えぬ!誰かが頬を紅潮させて甲高い声で叫ぶ。確かにそうかも知れぬ。それでは金持ちの嫁はなぜ美人ばかりか。金がなければ結婚さえ叶わぬのだ。通帳に記されている〇の桁がモノを言うのだ。
おにぎり食べたーい、と紙片に記して亡くなった男性は行政に助けを求めた。だが袖にされたという。おにぎり一個が買えるのも金があればこそなのだよ。世知辛いこの世の中で最後にモノをいうのは何か。言わずもがなだ。
嗚呼、それにしても通帳の〇を増やしたいものだ。将来を保障してくれるのは教養ではない。経験でもない。理想なんかでは絶対にない。円であり、ドルであり、ユーロなのだ。人は死ぬまで生きねばならない。少しでも「¥」があった方がいい。
老後には二千万円必要だという。誰もが持てる金額ではない。貯金が少ない人は焦って利殖に走る。うまい話に乗せられる。真っ先に弱いものが餌食にされる。騙される方が悪いのだ。誰かが嘯く。
以上のような考えが大手を振って罷り通っている。かつて早稲田を卒業した牧師が語っていた。その牧師は人工肛門であっても神の愛を熱く語っていた。
その牧師は昔、職場の同僚が「金を儲けようとしている奴らが馬鹿に見えて仕方がないのですよ」と告白したと語った。数日後、その同僚は自らの命を絶った。どこぞの御曹司だったらしい。
金は要らねえ。碌なもんじゃねえ!余計な金は一円たりとも要らぬ。わたしは釣銭が余計だと店員に十円でも申告する。
「そこに愛はあるのか」と金貸しの会社が女優にコマーシャルで言わせていた。馬鹿を言ってはいけない。愛と金は水と油だ。そう思いたい。
親父は信仰一本でこの俗世間を生きてきた。家族を食わせてきた。先日、八十四になった。母も親父に従った。親父は神に従った。金は追いかけなかった。もっと大事なものに生涯を燃やした。
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